蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』

堕天使拷問刑 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 

 以前、好きな青春ミステリを挙げた記事を書いたのだが、そこで取り上げようとしつつ、再読してからと思ってスルーしてしまった作品がこの『堕天使拷問刑』だ。

kamiyamautou.hatenablog.com

 

 この作品、持ってなくて、図書館で借りて読んだのもだいぶ昔。何年振りかの再読となったが、面白さは色あせていなかった。

 本作はことごとく作品がプレミアム化している飛鳥部勝則作品の中でも特に人気が高い一作。これを当時お金がなかったとはいえ、本屋にあったのをスルーしてしまったのは大いなる不覚というか、ここまで後悔することになろうとは……。

 まあそれはともかく、この作品はなかなかすごい作品で、ある種の集大成ともいえる著者のエキスが凝縮された本格ミステリとなっている。

 本作は、日本の田舎を舞台にした村ミステリの体裁をとっているが、因習にとらわれた村という、従来のテイストがあくまで横溝的な和風の世界を構築していたのに対して、西洋というか西洋的ホラー映画の世界を構築することで、独自の村ミステリ空間を構築している。

 そこに充満しているのは“祟り”ではなく、“悪魔”や“怪物”なのだ。

 悪魔を中心に“這うもの”やカニ女、鍋を囲み、そこで焼いた何かをむさぼる村人、私設博物館に収められたガーゴイル像の群れ、悪魔憑きとされたものを容赦なくリンチする儀式といったガジェットが次々と投入され、それだけでも楽しい。とにかく、次々と事件が起きるので読んでて飽きがこない。

 さらに、恐るべきはこれだけオカルトホラーな要素を詰め込みながら、この作品が本格ミステリ以外の何物でもないことだ。そして、さらに最後の最後で青春ミステリとしても印象深いものとして着地する。さらに、このおぞましい事件そのものが、ある意味二人のセンチメンタルなやり取りに回収されてしまうアクロバットなギミック。

 とにかく、唯一無二の作品だといっていいだろう。奇跡のバランス、それはまさに作中に出てくる倒立した塔――アンチバベルのような作品なのかもしれない。

あらすじ

 両親が死んでしまい、母の妹の養子として引き取られることになった中学一年生の如月タクマは、転校早々、クラスの不良にツキモノイリ――悪魔憑きと指弾される。それは、魔術崇拝者であった彼の祖父、大門大造が不可解な形で死を遂げたことによる。全身を握りつぶされたようにして死んだ大門について、人々は噂していた、大門は悪魔を呼び出していたのだと。そしてその孫にも何かが憑いているのではないかと。

 歓迎されていない空気を感じながら村で過ごし始めたタクマだったが、大門家が行っているおぞましいツキモノハギの儀式をはじめ、次々と怪事、凶事に遭遇していく。現実とも悪夢ともつかないそれらの中で、タクマは「月に行きたい」と言う一人の少女、江留美麗と出会う。時々現れてタクマを救う天使のような彼女と少しづつ交流を深めていくタクマだが、続発する殺人事件はタクマにとって不利な方向へと進んでいく。事態が悪化する中で、ついに村人はタクマを悪魔として集団リンチにかけようと動き出し、逃げた先でタクマは世にもおぞましい光景に遭遇することになる……。

 

※ここから先はネタバレ前提な感想となるのでそのつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しょっぱなから異空間が形成され、「現実」なるものからかけ離れた展開が連続するのにもかかわらず、不思議とその世界ののめり込んでしまう、そんな作品はなかなかない。そして化物が公然と跋扈する中、本格ミステリが展開され、オカルトに振り切ることなく、本格として終わってしまうのである。犯人の意外性も青春ミステリならではのものがあって、女の子とのデートをはじめとした交流がミステリ的な煙幕になっている。

 そしてなにより、かなりおぞましい出来事がつづられた、この小説が一種のラブレターとなって時を経て離れ離れになった二人をつなぐものになるという、センチメンタリズム! なんとまあ、ぬけぬけとした青春恋物語で包んでみせたことよ。前述したようにその奇跡ともいえるバランス感覚で、オカルトの中で本格ミステリが展開され、センチな結末に落着する、それがチグハグ感ではなく、どこか清々しささえ感じる読後感になるのだから。そんな小説が書けるのは著者くらいだろう。

 ミステリとしては、随所に仕込まれた伏線とかもよくできているが、何より各事件のトリックのイメージが怪奇に負けていないところがよい。大門の事件は被害者を包んだ網をモーターで巻き取ってバキバキにするというイメージが強烈で、捨てトリックであることを忘れていた。机の裏に張り付けた被害者を話をしながら縊り殺したり、好色坊主の死姦によってアリバイが成立するなど、他も強烈なイメージのトリックがそろっている。