蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

梶龍雄『葉山宝石館の惨劇』

梶龍雄 驚愕ミステリ大発掘コレクション3 葉山宝石館の惨劇 (徳間文庫)

Impression

 徳間が行っている本格ミステリ者への文化事業――梶龍雄の作品復刊も着々と進んでおり、これまで「驚愕ミステリ大発掘コレクション」として『龍神池の小さな死体』『清里高原殺人別荘』が、「青春迷路ミステリコレクション」として『リア王密室に死す』『若きウェルテルの怪死』が復刊されていて、今回の『葉山宝石館の惨劇』は「驚愕ミステリ大発掘コレクション」の第三弾として復刊されました。

 梶ミステリはほとんどがプレミアム化していて、これまでの四冊はその前に何とか手に入れることができていましたが、「葉山」は買いそびれてしまい、長らく高額な中古価格に手が出ないでいた一作。今回のトクマの特選での復刊作品としては未読の作品でもあり、すごく楽しみにしていました。

 読んでみた感想としては、まずその設定がそそるというか、富豪一族のはぐれ者が建てた私設宝石館という舞台、盗まれた三つの凶器による殺人劇、そして密室。思わせぶりな少年の日記が事件と並行して挿入され、そこへ梶龍雄らしい伏線回収とギミックが炸裂する本格読者として満足な一作となっていました。舞台や内容的にも新本格以降の本格ミステリとの親和性が高いと思われるし、この作品が出版された1989年は、1987年に『十角館の殺人』が世に出て、新本格の流れが生まれつつある時代ということを考えると、もしかしたら、梶龍雄のミステリがこの流れに合流することでまた違った梶ミステリの未来があったかもしれない。

 梶龍雄のミステリは、当時の時代にしては、かなり後の新本格に近い作品世界を持っていて、見せたいミステリ的ギミックを中心にして、そのために人物その他を構築したり、素人探偵が活躍するといった特徴は、いささか時代遅れとみなされつつも、実は次なる時代を先取りしていた面はあったと思います。少なくともその萌芽は、よりのびのびとできる時代を待っていたのかもしれない。

 しかし、この後すぐ、新本格の夜明けの中、梶龍雄は六十一歳という若さで世を去ります。その後、彼に再発見の光が差すまではインターネットの本格的な出現とSNSの中でのジャンル読者の密でリアルタイムな交流を待たなくてはならなかったと考えると、時代とニアミスしつつも、時代によって光が当たった作家なのかもしれません。

あらすじ

 帆村財閥のはぐれ者、帆村建夫がその宝石コレクションの収蔵のために設立した私設の宝石博物館――通称葉山宝石館の本館屋上では、近ごろ連日のようにパーティが開かれていた。その主役は建夫の二人の娘――特に長女の光枝だった。その光枝を中心にして三人の男たちが、彼女をめぐってのさや当てを行っていた。そんな中、葉山宝石館で事件が起きる。宝石館の警備員が殺され、彼の体には宝石と一緒に収蔵されていた三つの武器のうち、剣が突き刺さっていた。しかも、現場は密室状況。さらに残りの銃と斧は持ち去られ、警察は犯人のさらなる凶行を警戒するが、その後も盗まれた凶器による犯行が続いてしまう。

 そのころ、宝石館が建ったことで、毎年帰る祖母の家の窓から見えるようになった本館屋上を、毎日見ている少年がいた。少年は事件が起こる前から、日記をつけていて、この事件を詳細につづっていく……はたして、彼の日記には事件の手がかりになる何ものかがつづられているのか……彼は何かを見たのか。

 

感想

 館という舞台や一人の女性をめぐる三人の男たち、剣・銃・斧という横溝めいた三つのアイテムで遂行されていく殺人、という風にいかにもな本格テイストがまずうれしい。そして、作品に施されたギミックは著者らしいミステリの技巧がこらされ、梶ミステリの楽しさをじゅうぶん味わえました。密室の扱い方なんかもトリックを主眼とするのではなく、密室そのものに焦点を当てるすれっらからし向けな趣向も好きな感じでした。

 これを成立させるために、かなり綱渡りなあれこれを作者は行っているわけですが、その綱渡り感が本格ミステリ的なマインドを感じさせて個人的にはこれだよ、みたいな感じでしたね。一方、少年の日記に思ったほどギミックがなかったり、中盤の物語的なふくらみが今一つな感じではありますが、著者らしい企みに満ちた作品であり、伏線回収時のやられた感も十分楽しめて、本当に復刊はありがたかったです。あとは『鎌倉XYZの悲劇』とか、青春迷路シリーズで『灰色の季節』とかをまず希望してしまいますが、それ以外もどんどん復刊していってほしいですね。表紙も毎回凝ってますし、ほんとトクマの特選には頑張ってほしいです。徐々に値段がかなり高くなってて、色々大変だなとは思いつつ、私も出る限りは買っていこうかと。てか、プレミアム化されていた値段に比べたら、大した値段の高さじゃないですよ、ほんと。