Impression
クロフツといえばアリバイ崩し、という前情報とこの題名で、ながらく鉄道を使ったアリバイトリックものなのかと思っていたが、鉄道は全然関係なく、「12時30分発」は被害者が死んでいるのが発見される飛行機のことなのだ。とはいえ、クリスティの『雲をつかむ死』のような、物語の中心になるような場として機能しているわけではない。単に冒頭で描かれる被害者の死に場所にすぎない。
この作品は、『樽』に並ぶクロフツの代表作とされ、そして、黄金期の本格ミステリにおける倒叙ミステリ――つまりは犯人視点で進んでいくミステリである。犯人の視点で描かれる作品は、これが初めてではないが、その黎明期的な、型にはまっていない構成が独特の読み味というか、クロフツ流な倒叙を作り上げているような気がする(まあ、そこまで倒叙を私は読んではいないので勘違いかもしれないが)。
倒叙、というミステリの形態がどのようにして生まれたのか、その萌芽はホームズあたりから出てきていたと思われる。『緋色の研究』(1987)といった長編は、犯人が判明した後で、その犯人視点で犯行に至るまでを語り直す構成をとっている。ならば、それを頭に持ってくる、というアイディアが出てくるのは時間の問題だったろう。1921年にオースティン・フリーマンの『歌う白骨』がミステリ史における倒叙の嚆矢といわれ、犯人視点で事件が描かれるミステリーが生まれていくことになる。
ところで、私は倒叙が苦手だ。その理由は、犯人が初めからわかっている、という点に尽きる。ミステリとは、トリックを暴き、そのさきにいる犯人を探偵の推理が捕らえる――そういう、謎で満ちた物語という理解にあって、そもそも犯人が割れているということは、謎が大きく目減りしている、それってなんかお得感がない、そう思っていたのだ。
ただ、一方で、倒叙は、ミステリがもつある欠点を解消する。それは、犯人の心理を描けないという点だ。正直、私としては、それを欠点とするかは微妙なところだとは思うが、人間心理を重んじる層から探偵小説の欠点だと指摘されていた時代があったりする。まあ、殺人事件に際して、大切な部分は殺人を犯す人間を中心に描くことである――それがまあ小説の文学性である、みたいな考えがあったとかなかったとか……例えば『罪と罰』を最高の推理小説と挙げたりするような読者にとって。
まあ、それはどうでもいいのだが、とにかく、倒叙は犯罪を犯人視点で描くことで、誰だかわからない犯人を探偵が暴くというスタイルとは違う方向性(とはいえ、ある意味、従来的な文学的書き方ではないかと思うが)は、推理小説内の無視できないジャンルの一つとなっていく。
本作は、倒叙の黎明期ということもあり、型にはまった感がなく、けっこう、今となってはこの作品ならではの味になっている。クロフツの樽と並ぶ傑作のひとつといわれているが、樽ほど凝ったトリックが仕込まれているわけではなく、どっちかというと小説的な妙味で読ませる作品となっていて、今でもちゃんと面白く読める作品だった。
あらすじ
チャールズ・スウィンバーンは進退窮まっていた。不況の影響で会社の設備投資ができず、それによって予定していた仕事を取れず、銀行からの資金援助も打ち切りになってしまう。倒産が秒読み状態の中で、意中の女性ユナは金のない人間には目もくれず、自分から離れようとしている。そこで、チャールズは一つの決断を下す。彼の叔父、アンドルー・クラウザーの遺産を相続すること――そのために、叔父を亡き者とする。
叔父がいつも飲んでいる錠剤の一つを青酸カリ入りのものとすり替える。そして、叔父が毒入り錠剤を飲むころにアリバイを作るため、クルーズ船の旅に出るチャールズ。そして、その船上で思惑どり叔父が死んだと知らせを受け、そもまま遺産を相続して会社を立て直すことに成功するチャールズ。すべては計画通り――そう確信したチャールズだったが、ある日突然、彼に司直の手が伸びる。
感想
構成としては、工場経営者の主人公が、恐慌のあおりで経営に行き詰まり、窮地に陥っていくところを丁寧に描き、ついに叔父の遺産目当てに殺人を決意してから、今度は犯行の準備を、毒物をどう確保するか、というところからまた詳細に描いていく。
通常の倒叙だと、殺人が終了してから、今度は探偵や刑事といった捜査陣が犯人の前に現れて、腹の探り合いだったり、手がかりや証言をめぐる攻防みたいなものが描かれていく感じだが、本作はわりとあっさりと逮捕されてしまう。そして、舞台は法廷に移り、法廷ミステリ的な攻防が展開されるのかと思いきや、そこもわりと淡々と犯人の犯行が立証されていって、最後に一縷の望みが見えるか――という展開はあるものの、そこもすぐにつぶされて、犯人は有罪判決を受けることになる。
で、最後の最後で、フレンチ警部をはじめとした捜査陣による、なぜすぐに他殺だと判明したのか、なぜチャールズが捜査線上に犯人として浮かんだのか、彼の完璧と見えた計画が、いかに杜撰というか、すぐに特定されてしまうようなものだったのかが読者に開陳される。これが、探偵による謎解きパートのような役割をはたしていて、犯行が毒殺だと特定してからの、毒物の入手ルートをたどる捜査が丁寧に説明されて、それに付随したアリバイ工作などが検討されていく。そして、第二の殺人についての推理が開陳されるのだが、これが意外となかなかすごくて、犯人が死体をどう処理したのか? という出発点から、ある手掛かりが浮かび上がり、それに基づいて犯人の範囲を狭めていく。このあたりの推理は、チャールズも読者も見落としていた部分を突いていて、なかなか上手かったと思う。
そんなわけで、クロフツ作品としては、アリバイ崩しがメインではないものの、倒叙としての面白さや、捜査や推理で犯人を特定していく面白さが十分楽しめる作品として、今読んでも面白いものになっていたと思う。なかなか読んで損はない作品だった。




