蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第七話『祝福の名前』感想

あらすじ

 怪我から復帰し、その復帰戦である大阪杯を難なく一位で終えたマックイーン。彼女が次に目指すのは再び春の天皇賞、その三連覇だ。それに向けて人々の期待も高まるスタンドの中、一人のウマ娘が次の春の天皇賞を辞退しようとしていた。彼女の名はライスシャワー。あのミホノブルボンが無敗の三冠を賭けた最後の菊花賞において最後の最後で差し切り勝利したウマ娘であった。しかし、彼女に与えられたのはその勝利の祝福ではなく、人々が見たかった勝利を阻んだというため息とブーイングだった。ウイニングライブでも声をかけられるのは2着、3着のブルボンやタンホイザばかり。自分はいらない子なんだと思いつけるライスは、マックイーンに向かって春の天皇賞には出ませんと叫んで逃げてしまう。マックイーンから話を聞いたテイオーはチームスピカのリーダーとして、またライバルマックイーンのためにライスを説得しようとするのだが……

 

感想

 今回は、ライスシャワーというウマ娘にスポットが当たるお話となっています。ある意味、テイオーの陰みたいな存在でもありますね。勝てば称賛され、ウイニングライブでも大人気な彼女からすれば、勝つことで疎まれるということ自体が理解の外といえる。そんな彼女をマックイーンのために説得しようとするが、やはり巧くはいかない。スピカの面々でもそういう境遇は理解の外。スピカの中だけでは経験することのない境遇に立つウマ娘の存在。そのためにライスシャワーという境遇のキャラクターを配置して、勝つということが祝福されない局面もあったりするという、純粋な勝負の裏面を描き出していきます。そういえば、久々のウイニングライブでもその祝福されない微妙な空気が描かれていました。勝者だけが立てる、しかもそのセンターだからこそ、めちゃくちゃキツイ。これは走りたくなくなってもしょうがないというか。一期以上に少なくなったライブですが、一期で描かれなかった面を描くことも含めてここで持ってくるかという使い方が巧い。

 そしてそんなライスの悲しみを受け止め、再起させるのはライスの憧れであり、ライバルであるミホノブルボンの存在です。彼女が唯一負けた存在として、ブルボンはライスをヒールではなく自分にとってのヒーローだと言います。たとえ人々から祝福されなかったとしても、あなたは私のヒーローだと。観客からは心無い言葉を投げつけられるライスシャワーですが、彼女を称賛する者たち――彼女と同じレースで競ったウマ娘たちはいる。

 擬人化したことでモデル馬を救済する方向性としては、怪我による死を回避するほかに、こういう形で、同じレースを出た者同士のつながりみたいなものが第二期は顕著です。競い合うライバル、正当に評価する存在という関係性が救いをもたらす。

 スピカの面々との追いかけっこの合間に、パーマー、ヘリオス、タンホイザやディクタスといった、彼女の走りを知るキャラクターたちによるライスへの走りへの評価をライスの耳に入れるという構成がコミカルな中にしっかりとこの回のクライマックスへの仕込みとなっていて、キャラクターの愉快な掛け合いなどで笑わせている間にしっかりと物語の導線を形作るウマ娘お得意の構成力が光ります。

 そして、今回は光と影の使い方もなかなかいい。基本的な演出ではありますが、最後にライスと対峙するブルボンとテイオーを光――夕日を背負った形で置き、背景の建物の影が落ちる位置にライスを配置したり、また、テイオーたち影を落とす建物とそろえることで、彼女たちの影にライスが入り込んでいるようにもなる。そういった、わかりやすいですが効果的な演出も見どころです。

 しかし、第二期は言葉の使い方というか、効果的な言葉が多いですね。四話の「ウサギはカメを見ていた、カメはゴールを見ていた」や六話の「夢は形を変えていく」そして今回の「あなたは私のヒーローなんです」という風に、物語を刻むような言葉が多く、その辺もとても好いですね。

 あと、なんとなくなんですけど、二期のテイオーの物語って変更された勝負服のイメージも手伝ってか貴種流離譚ぽいというか、挫折した彼女がまわりの様々なキャラクターたちの姿を見つめながらやがて、ファンの前に還ってくる、そんな物語の雰囲気を感じています。

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第六話「なんのために」感想

あらすじ
 春の天皇賞、マックイーンに負けたテイオーは、結果として無敗の夢が破れ、三冠とともに当初の目標を失ってしまった。会長――ルドルフのようにはもうなれない。どこか気の抜けたテイオーはその後のレースも身が入らず、有馬記念は11着と惨敗してしまう。自分以外のウマ娘たちが、走ることにひたむきな中、自分は何のために走るのか……目的を見失うテイオー。しかし、彼女にはまだ悔しいという気持ちが残っている。その熾火のような気持ちを確認したトレーナーは彼女をチームのリーダーに指名する。

 勝つためのものとして引き受けたにもかかわらず、リーダーとは名ばかりの雑用を押し付けられ不満顔のテイオー。しかし、裏方に回り、走りから一歩引いたところから、メンバーの走る姿を見ることで、テイオーは改めて何のために走るのかということを見つめていく。「走る」ということについて再び目を向け始めたテイオーに、トレーナーはとある場所に向かうように言う。そこで、テイオー自身の走る理由を再確認する人物が待っていた。

感想 《彼女に残っていたもの》

 走る目標を失い、気の抜けたテイオーや部屋に貼っていた目指せ三冠ウマ娘の張り紙が全部塗りつぶされているのが悲しい。その他のレースも、走ることに迷ったテイオーのそばを駆け抜けていくように次々と流れていきます。その辺はテイオーの気持ちと連動したような演出になっているような気がしますね。ミホノブルボンの三冠達成なるかどうかも、いまのテイオーには関心が薄い。一応、テレビで特集をチェックして(ウマ娘大陸とは……)気にしつつもまともに目にすることができない。そして、その菊花賞もたまたま通りがかったときにテレビで目にしただけ。自分の後から無敗の三冠に挑戦するミホノブルボン、その最後の菊花賞、テイオーが見ていたテレビでその最後の直線、彼女は後続に交わされて三冠はかなわなかった。その後のインタビューで負けたが得られるものがあったという言葉をテイオーは反芻する。

 何気に、この自分と同じ無敗の三冠を目指し、そして敗れたミホノブルボンの言葉は重要です。負けることで失い続けたテイオーは、負けることは失うことだと思っている。だから、自分には何も残らなくなったと思っている。だからこそ、ブルボンの負けたが得られるものがあった――負けたけど何かが残るという視点に足を止める。この時点で彼女はきっかけをつかんでいるのです。そして、惨敗した後ではっきりとまだ悔しいという気持ちが残っていることを自覚する――それは、勝ちたいという気持ち。

 そのことについては、冒頭の会長との会話でマックイーンが勝ちたいというウマ娘の本能だと述べる形で触れています。この辺の流れは、本当に丁寧ですね。そして、トレーナーによる計らいで裏側から「走る」ということを見ていくテイオー。その中でウオッカダイワスカーレットという「ライバル」二人の姿がまた前を向いていく決起になるのです。

 そんなテイオーを見届けたトレーナーは、彼女を療養中のマックイーンのもとへと向かわせます。そこへ向かうバスの中でファンに合わせるというところもぬかりないですね。11着の時にテイオーが見たのはスタンドの人々の失望したような顔。ここは、一話から一貫してアイドル然としてふるまい、人々もそのようにして応えてきた描写が積み重なってきてただけに、テイオーとしてもつらかったと思います。しかし、レース場から離れた場所では、まだ彼女を応戦してくれている人がいる。ここでも彼女に“残っているもの”を見せていく周到さ。本当にこの回は脚本が丁寧です。

 そして、たどり着いたメジロ家の療養所。そこでテイオーは、春の天皇賞以来けがで離脱したこともあり、久しぶりにマックイーンと顔を合わせます。復帰に向けて一直線のマックイーンにテイオーは、どうして走るのかを問い、彼女はもっと強くなるためだと答える。そして勝ちたい相手――テイオーに勝つためなのだと。さらに、走る理由がなくなったテイオーに対し、自分がその目的になると宣言するマックイーン。最後の最後でライバルもまだテイオーには残っているのです。

 今回はタイトル通りに何のために走るのか、そして、そのために敗北を経ても残ったものが何なのかということをとても丁寧に描いていたと思います。そこのドラマをきちんと描くことで、物語にしっかりとした芯が通る。そういう意味でも見事な回だったと思います。

 あと、EDがまたいいですね。前回が今まで見ていた最後の絵――アップのルドルフからカメラが引いて幼いテイオーの姿がインしてくるそれに、遠ざかってゆく目標の背中という意味がつく演出もよかったですが、今回はその部分が変更されていて、テイオーの目標となったマックイーンが手を差し伸べる第六話の最後のシーンとなっているのも素晴らしい演出でした。そういうところを含めて、本当に丁寧でよく作られている作品だと改めて思いましたね。

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第五話『無敗と連覇』感想

あらすじ
 ついにTM対決の春の天皇賞がやってきた。このレースのためにそれぞれ弱点を克服すべく練習に励んできた二人。無敗のテイオーか、それともマックイーンが二連覇を果たすのか、世間の盛り上がりも最高潮に達するなか、トレーナーの顔はすぐれない。どっちらかが勝ち、どちらかが負ける、勝負は残酷だ。そうこぼすトレーナーだが、スピカのメンバーたちはそれをたしなめる。二人はそんな風には思っていないはずだと。そして、二人がターフに現れる。春の天皇賞、無敗と連覇、運命のレースが今、幕を開ける。

感想

 いよいよ春の天皇賞。とにかく、三、四話と丁寧に描かれてきたテイオーとマックイーンの対決がじっくり描かれます。一期二期通して、たぶん最高の作画カロリーではないでしょうか。見せ方も迫力満点で結果を知っていても手に汗握るレースになっていたと思います。間違いなくアニメウマ娘のベストレースの一つでしょう。

 Aパートは人々の期待やテイオー、マックイーン二人の様子を中心にレースに向かってじっくり描き、緊張感が否が応でも高まります。そして、レースが始まるのですが、前述したようにシリーズ一といってもいいくらいじっくりとレースを描いています。レース自体も3200メートルと長く、まずレース場を一周するという描写自体が初だと思います。そして、その中でじりじりと様子をうかがう展開が緊張感を醸成させます。マックイーンを見据え、ここぞというタイミングでスパートをかけるテイオー。しかし、距離適性の差、レース経験の差、そして完全にゴールだけを見据えたマックイーンの差は埋まらず、逆にスパートをかける彼女との距離はジリジリと離れ、やがて他のウマ娘にもかわされていくテイオーの姿がツライ。

 三話、四話とじっくり土台を組んでからのこの五話が、最高な形で展開されていたと思います。詰まらない距離、遠のいてゆく夢というこれ以上ない残酷な形で突きつけられるその光景は、事実の流れを知っているとはいえ、なかなかつらいものがあります。

 そして勝敗が決し、おもわず泣きそうになるテイオーがそれをぐっとこらえて、マックイーンをたたえ、マックイーンもまたテイオーがいたからこそ自分はここまでこれたと返す。その瞬間に負けを自覚するテイオーの姿は悲しいものの、二人の姿はライバルそのものが純化したような姿でとても美しい。というか、テイオーに称えられた瞬間のマックイーンはめちゃくちゃ美しい。第二期はテイオーがコケティシュなかわいさ全開なのに対して、マックイーンはひたすら美しいですね。

 この回は走りで完膚なきまでに敗北するという挫折回ではあるのですが、両者の全力を出し切り、それをたたえあう姿は、テイオーの挫折の中にあっても美しさがある。それはある意味残酷な美しさなのだけれど。

 無敗の三冠、そして無敗と次々と目標が破れていくテイオーは果たしてどうなってしまうのか。どう描かれるのか、辛いとはいえとても楽しみです。

 それから、この回でこれまで何気なく観ていたエンディングの最後、ルドルフのアップが引いて幼いテイオーがインしてくる部分が、憧れが遠ざかるという演出に転化するのが悲しくもすごいですね。本当によく作りこまれています。

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第四話「TM対決」感想

あらすじ

 マックイーンに続き、テイオーも大阪杯を余裕の走りで快勝。春の天皇賞に向けて、二人はトレーナーから課されたそれぞれの練習をこなす。そんななか、テイオーに続き、無敗で三冠ウマ娘に挑戦する新たなウマ娘が。彼女の名は、ミホノブルボン。短距離適性かと思われた彼女だが、彼女のトレーナーの理念である、スタミナは鍛錬で補えるに則り、過酷なトレーニングをつみ、無敗のまま皐月賞に挑む。圧倒的な強さで皐月賞を圧勝するミホノブルボン。テイオーはそんなブルボンを見て自分もまた未挑戦の長距離へ向け、意欲を燃やす。

 世間はそのテイオーとマックイーンの対決に向けて否が応でも盛り上がっていく。しかし、世間での評価はテイオー優勢。テイオーびいきの様相にマックイーンはいら立ちを募らせるが、彼女の“おばさま″の言葉により、テイオーとのレースではなく、自分自身のゴールを目指すレースをすることを決意する。
 テイオーとマックイーン。それぞれの想いと重ねた訓練をたずさえ、二人は決戦の舞台、春の天皇賞へと向かう。

 

感想

 今回は両者の春の天皇賞に向けた練習に焦点を当てながら、新たなキャラクターであるミホノブルボンのレース、そしてカノープスの面々やマチカネフクキタルの占いが取り持つギャル&お嬢様のダイタクヘリオスメジロパーマーといった、これからまた活躍しそうな面々を描いて、次の展開への布石をぬかりなく打っておくのですが、常にそこにギャグを織り交ぜていて、見ているだけでも楽しい場面になっています。モブたちもモブで終わらない印象深いキャラクターになっていて、一期以上にこの世界の奥行きを感じさせます。ウマ娘とそのレースが人々の生活に息づいてる感が確かに感じられ、それは人々のレースを楽しみにしている姿やメディア、そしてさりげない小物類ですね。今回は道路に敷設されていたウマ娘専用レーンがありましたが、ウマ娘専用の電話や美容院でのウマ娘用の穴の空いた椅子など、さりげないですが、そういうのが映るだけでウマ娘があるという世界を感じられてうれしくなりますし、グッとウマ娘の世界が広がります。

 また、第三話同様テイオーとマックイーンの決戦に向けてだけでなく、ブルボン&ライス、ヘリオス&パーマーといった今後のレースの役者をそろえるじっくりとした構成の中にギャグを織り交ぜる緩急が巧くて、スペシャルウィークによる前振りとマックイーンを交えたゴールドシップへの三連続のオチがなかなか強烈。構成が巧いだけでなく、退屈させない緩急が本当に巧いです。

 しかし、なんといってもこの回の真髄は、そんな目まぐるしい陣営の描写とギャグを貫く最後のマックイーンにかけられた言葉でしょう。

 テイオーびいきの世間に対する不満を漏らすマックイーンにメジロ家のおばあさまは、そんなマックイーンにがっかりしたと言い、彼女に昔読んだウサギとカメの話を持ち出して諭します。

「なぜ、カメが勝ったかわかりますか? ウサギはカメを見ていた。ウサギはゴールを見ていた」

 このセリフ一つで、この回がどんな回なのかを決定づけ、次回の予感をもにおわせる、そんな見事なセリフとなっていて、個人的にはこのセリフ思いついただけでMVPなところがあります。いろいろ描いて、ともすれば散漫になりそうなこの回に一本強力な筋を通す、そんなセリフがとても印象的な回でした。

 それにしても、今回の“おばあさま”の登場で、メジロの家が、単なる金持ちじゃなくて、レース界に君臨する大きな「家」であることがくっきりする感じなのもなかなか印象的でした。

 読書に飽きた時とか、なに読もうか迷ってる時、そして、何より何をどういうふうに書いたらいいのか迷った時、僕は大抵、伊藤計劃の映画時評集や伊藤計劃記録を読み返す。なので、彼の書いた小説よりも読み返している。

 なんというか、すごく好きなのだ。たぶん、その語り口というやつが。そして、豊富な知識とそれを操って、映画をはじめとするフィクションから引き出される視点の面白さ。自分もそういう文章を書きたい、という不遜な思いが、自分がこういう感想文を書きつらねている一つの原動力であることは間違いない。もちろん、それは似ても似つかないものだが。ただ、こういうふうに文章を書いていきたいと思った大きなきっかけだったのは確かだ。

 伊藤計劃の名前を知ったのはたぶんtwitterのTLからだと思う。そしてその名をはっきりと意識したのは『虐殺器官』の文庫が出るころだった。なんで憶えているかというと、バイトに行く前に本屋に寄って、発売日に平積みされていたのを確認し、バイトが終わって自分がレジに持って行くころには、ほとんどそれが消えていたのを憶えているからだ。漫画はともかく、自分のいく本屋で平積みの本が一日で崩れたのを見ることはそうそうなかったのでよく覚えている。

 『虐殺器官』の文庫が出たのは2010年、つまり、自分がその名と作品を意識した時、著者はもう亡くなっていた。残された数少ないその著作を辿り、そして、僕は著者のブログの文章にたどり着く。

 彼のブログをはじめとする文章群、そこは言ってみれば、サブカルチャーのオモチャ箱のようなものだった。それも他人のオモチャ箱にもかかわらずめっぽう面白いという奇跡みたいな場所だったのだ。それまでミステリ一辺倒で、自分の知らないSFの世界や映画の世界。特に映画は自分が観てきたはずのものに、こんなにも豊かなものがあったのか、自分がいかに、ただただ見て通りすぎていたのかを思い知らされることの連続だった。僕は、彼の文章で、フィクションの語り方というものを意識し出したように思う。それまで、あれが良かったこれが気に入らないということをノートに書き連ねるくらいだった。そこから、なんとかして、自分が何を受け取ったのか、フィクションを通過することによって、なにが自分の中で生じたのか、というのを書き留めたくなったのだ。それが上手く行ってるかどうかはともかく。いやまあ、結局のところ失敗の連続だなのだが。

 そして、まだ一応のところ、こんな益体のない文章を書き続けている。

 初めて著作に触れた2010年からもう2021年。彼が亡くなってから十年以上が経過しているが、彼の作品がその存在を色濃くするような現実がいよいよ強まっていることが続いている。この世界を見ながら、果たして彼はどんな言葉を紡いだのだろう、どんなフィクションを書き続けたのだろう。もう読むこともできない彼の言葉を思いながら、彼が見ることができなかった世界の中で、自分は何を書き留めていられるだろう、そんなことを思い、またその“言葉”を求めて、ふたたび、それらの本を手に取っている。

 

伊藤計劃記録 Ⅰ (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃記録 Ⅰ (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第三話『出会い』感想

 第三話は、怪我が癒え、無敗を目指すテイオーとそのライバルであるメジロマックイーンの出会い、そして来たる春の天皇賞対決に向けて、まずはメジロマックイーンの前哨戦である大阪大賞典のレースが描かれました。

 しかし、冒頭から、テイオーが部屋の「目指せ三冠ウマ娘」を書いた紙の「三冠」をマジックで消す所が切ない。そして、これからを考えるとまた切ないという……。

 怪我も癒え、復調したテイオー。快調に飛ばす走りのシーンは復活を思わせ、またその疾走感も素晴らしいというか、本当に楽しそうに走っているのがよく分かるんですね。

 そして、Aパートは初詣やテイオーとマックイーンがそれぞれ年度代表ウマ娘、シニア代表ウマ娘として表彰されるという日常パートが軽快に描かれていきます。そういえば、表彰の際に新しい勝負服が授与されていました。これは、来たるゲームに実装されてそうなシステムの前振りもかねてという所でしょうかね。マックイーンは最初の勝負服で走っているレースシーンはそこまで描かれてないんですけどね……。

 無敗のウマ娘を目指すうえで、強い敵と闘ってこそだとするテイオーは、その相手としてマックイーンを指名。春の天皇賞で対決することを宣言し、マックイーンもそれを受け入れ、互いに競うことを確認します。二人の対決に沸く周囲。そして二人はその前哨戦のレースに向けて練習をスタートするのでした。

 その二人の対決まで、二期の裏主人公たちともいえるカノープスの面々で楽しさや笑いを添えつつ描き、Bパートではテイオーとマックイーンの出会いからライバルになるまで、そしてマックイーンの強さをきっちりぬかりなく織り込んでくるので、やはり脚本がとても堅実。一期のスペシャルウィークサイレンススズカとはまた違った組み合わせのドラマが楽しい。

 また、今回の見どころは何といってもマックイーンのレース。マックイーンの他を圧倒する走りの描写が素晴らしく、彼女の強い走りが印象付けられます。足自体の動きをしっかり描くためにも、勝負服ではなく、体操服のGⅡでこの描写が選択されているのもよく考えられています。シリーズ初の雨天でのレースというのもなかなか新鮮でした(実際の阪神大賞典でも雨)。第二期は、毎回レースに一期とはまた違った工夫をこらそうとするところが随所に見られて、本当に楽しみなんですね。

 そして、マックイーンに続き、新たな勝負服を身に纏い大阪杯(当時はG2、ウマ娘は現在基準なのでG1)に向かうテイオーで第三話は終了。今回も良かったですね。特に、カノープスの面々がとてもいい味を出しています。どうでもいいですけど、ネイチャとターボって妙に姉妹感がありますね。不思議。

 

  • 「むーりー」について

 ウマ娘のレースにおいて、一つの特徴的な表現になっているのが抜かれたキャラたちが口にする「むーりー」。ある種の分かりやすい様式美として親しまれている一方で、全員が真剣なはずのレースであきらめの言葉は気に食わない、という人も。まあ、その気持ちはわからなくもないですが、そのレースにおいて、誰が主役なのかをはっきりさせる演出としても必要なんだろうな、と思っています。第三話が顕著な気がするのですが、圧倒する存在に対して、果敢に立ち向かう存在のほうに、人はやっぱり目が行きがちなんだと思うんですよ。そこに感情移入する前に誰が主人公なのかと、その強さを印象付けるために「むーりー」は必要なんじゃないのかと思っています。気に食わないのは、そちらに感情移入しそうなのを阻害されているのも含まれているのでは、と思ったりも。まあ、とにかく、誰の物語なのか、レースの主役はだれかを明確にする上で、必要な演出の一つだと自分は思っています。そういう線引きは物語を作るうえで大事なところだと思うんですよ。

ウマ娘 プリティーダービー Season2 第二話『譲れないから!』感想

 なんてことだ……。どこか不穏な影がちらつく第一話で、緊張して臨んではいた。しかし、ここまでのものがはやくも二話で展開されるとは。第一期も確かに、「泣ける」シーンや展開はあったけど、実際に泣いてしまったのは今回が初めてですね。というか、まったくの不意打ちだったし、そのための構成が素晴らしかった。

 では、あらすじ含めた感想を。モデル馬の事実も含めネタバレ前提で行うのでそのつもりで。

 

 第一話のラストからの続き、トレーナーはテイオーを医者に見せに行きますが、テイオーはそれほど気にしていない様子。しかし、トレーナーやシンボリルドルフの予感通り骨折していることが判明します。

 モデル馬の事実にある通りの骨折ですが、ここの骨折が判明するシーンが、かなりギャグっぽいテイストというか、えー! というテイオーの変顔で流されてしまうので、第一話でハラハラしていた緊張をはぐらかされてしまいます。が、これがある意味罠。深刻にならない形で、菊花賞をあきらめないテイオーとそのサポートを決心するトレーナーの姿が、もしかして大丈夫なのか……? というほのかな希望を視聴者に与えてきます。一期のスズカのIFもよぎり、彼らの前向きな姿に思わず感情移入してしまう。そして、スピカメンバーのサポートなども話の明るさに拍車をかけます。ただ、最初にテイオーが菊花賞を目指すといった時の全員の表情が、それがかなり厳しいものだというのを示している。その辺も巧いんですよね。

 そして、前向きなリハビリテーションから、次第に焦りを隠せなくなっていくテイオーの表情。基本だけどカレンダーとそれを見つめる表情だけの描写がとても効果的にキマッています。そして、そこで暗くなりきらずにメンバーたちのテイオーのためのドリンクづくりで笑わせ、その瞬間を狙いすましたかのように医者からストップを受けるシーンを入れる。その緩急がかなり巧い。

 そしてトレーナーのもとに向かうテイオーは、そこで自分のために必死に手立てを尽くそうとする姿も見て、菊花賞を断念することを決意します。ここで、骨折当初と変わって、最後まで何とか粘ろうとするのがトレーナーに逆転しているところがまた巧い構成というか、足の様子を心配する→何とかしたい、という視聴者の感情の導線を視聴者視点に立てるトレーナーによって巧みに整理させていて、やはりこの作品はトレーナーの使い方が巧い。

 そして、レース場にやってきて、ファンファーレを鳴り響き、各ウマ娘たちがゲートに入っていくところから、いよいよテイオーの夢が終わっていく。つまり、レースの始まりが彼女の夢の終わりであることを決定的な瞬間として描く。その音が遠ざかっていく音響の使い方もとても効果的です。遠ざかっていく夢を見ながら、テイオーは自分だったらどうするのか、というイメージをレースに重ねていきます。序盤にトレーナーから、復帰のためのイメージ作りという伏線がここに生きてくるのもすごい。そして、そのイメージが、つまりはテイオーが菊花賞に出ていたら、というIFであり、その重なる映像が自分がトップに立つ瞬間を見ることで、今までどんなにつらくても涙を見せなかったテイオーがついに涙を流すという、本当に組み立てが見事なんですね。ここでもう結構涙腺がやばいんですが、ここで終わらない。

 湧き上がる歓声で、顔を上げるテイオー。そこには誰も追いつけないはずの自分のイメージよりもずっと近くに詰め寄るライバルたちの姿が割り込んでくる。その場の現実の光景がイメージを突き破るようにしてテイオーに迫る。同時にナイスネイチャの「テイオーがいたらなんて絶対に言わせない」という叫び、ライバルたちの「自分たちのほうがが上だ」という叫びが、今までシンボリルドルフだけの背中を見ていたテイオーに、同世代のライバルたちの姿をくっきりと浮かび上がらせる。そして、テイオーは彼女たちに声援を送る「いけ、……走れ!」と。ネイチャのセリフやその他のウマ娘、とくに最後のシュガーブレイド(モデル馬はシャコーグレイド)のテイオーに負けるか、という叫びだけでもすごいのに、それを見て、いけ、と自然とこぼすテイオーの表情がとどめで、そこはもうほんとに自然と涙がこぼれてきます。もうボロボロです。何度見てもここは泣いてしまうし、ここまで泣くようなことって、自分でもかなり稀ですね。

 そういえば、第一話の感想で、ウマ娘のことはオールタイムベストに入るわけじゃないけど好きという感じだと言っていましたが、これはもしかしたら、自分のなかのベスト級になる可能性が出てきました。もしそうじゃなかったとしても、この1話と2話は自分の中で、素晴らしいものとして残り続けると思います。本当に良いものをみせてくれました。

 しかし、テイオーが希望として見出すものが無敗のウマ娘とは……本当に意地が悪いというか、そういう意味でも、一話冒頭のルドルフとマルゼンスキーは彼女にとって大きな象徴なんだと思いましたね。

まあ、だいたいの感想はそんなところで。ここからはもう少し細かい感想を。

 

  • キャラクターについて

 まずはトレーナー。やはりこのアニメはトレーナーの使い方が巧いですね。というか、モブを含めていろんな年代の人や性別の人を入れることで、美少女一色のキャラクターで塗りつぶされるのを緩和していますし、視聴者目線に立てるトレーナーの存在は本当に大きいと思います。

 そして、なんといってもこの話の陰の主役ともいえるのがナイスネイチャでしょう。一期だとスズカの知り合いみたいなポジションでしたが、二期はテイオーに対抗意識を燃やす形でフォーカスが当てられ、挑戦者のポジションとして一気に第二話では裏主人公みたいになりました。この話で彼女のファンになった人も多いのではないでしょうか。今後もテイオーとともに走るレースが楽しみなキャラクターになっていたと思います。一期に続いて、なんかこう、主人公たちを側で見ているキャラっぽいですよね。

  • レースについて

 今回は主人公が出てないにもかかわらず、一期を含めて屈指の名場面なレースになったと思いますね。実のところ、レース自体の動きについては、1話や3話のほうが作画的な力は強いのですが、とにかく演出で殴ってくる。その破壊力は抜群ですし、もう一つは顔のアップの力もあるような気がしましたね。みんなの必死な表情と声の演技がレース自体の迫力を底上げしていたように思います。ネイチャはもちろんですが、最後のシュガーブレイドの声優さんの演技もすごくいい(誰なんだろう)。このシュガーブレイド、モデル馬はミスターシービー産駒のシャコーグレイドのようなのですが、ルドルフとミスターシービーという親の因縁も含め、テイオーの引退式に勝利を添えるという事実を踏まえるとまたこのシーンがなかなか趣深くなりますね。

  • IFについて

 ウマ娘のIFについて。まあ、トウカイテイオーの物語は、そもそもIFを組み入れる必要があるのか、というくらいその挫折も含めて物語になっている。スズカの復帰や、BNW(ビワハヤヒデナリタタイシンウイニングチケット)が再び共に走るといった、モデル馬たちが果たせなかったものへの救済がウマ娘にはあるのですが、この二話を見てしまうと、テイオーにとってのIFというのは、再びこの菊花賞のメンバーで走ることなのかもしれないな、とも思いました。まあ、なんというか、自分としては、そうあってほしいという思いが今のところ一番大きい「もし」になるくらい、この二話のテイオーとテイオーが出れなかったレースを走る彼女たちが印象深くなったんですね。

 三冠を取るとか、無敗とか、マックイーンと再戦して勝つことよりもその「もしも」を望んでしまう。まあ、そもそもモデル馬のテイオーの物語って三冠取れなくても、無敗になれなくても、マックイーンに負けてもそれ込みで最後の最後に復活するというまあ、復活の物語なので、そこには「もし」を入れてこない気がするんですよね。ウマ娘の“願い”というのは、最終的にモデル馬たちが走り続ける夢、終わってしまったその先、みたいなところがあるのでワンチャンであるのかもなあ、と思っていたりします。まあ、マックイーンとの再戦みたいなのほうが可能性は高いとは思いますが。

 

 というわけで、第二話の感想はここまで。