蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

阿津川 辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』

午後のチャイムが鳴るまでは

 

 「青春」という奴はなかなかセンチメンタリズムと相性がいいらしく、青春ミステリといえば、やはり戻らないあの時の郷愁を含んだ悩みや恋愛、それらが醸し出すほろ苦さ、という要素に彩られることが多い。また、それによって「物語」として奥行きを持つというのもまた確かで、小説に「いい話」を求める人たちには受けがいい。

 ……いささか皮肉っぽい言い方にはなったが、私だってそういう青春物語を基調にしたミステリが嫌いではないし、大いに感動することはある。大好きってわけじゃないにせよ、多くの読者に好まれることは何となくわかっている。

 本書は、あとがきによると、薔薇色でも灰色でもない、馬鹿馬鹿しいことに情熱をささげる愛すべき馬鹿どもの青春ミステリを書いてみたかったとのこと。

 馬鹿。青春につきものながら、青春ミステリだとあまりメインになることはないかもしれない要素。それを著者はフューチャーしたいというわけなのだ。馬鹿っぽさに彩られた青春ミステリといえば東川篤哉の青春ミステリ。あの青春物語的なものがほとんど香ってこない、一般的には青春ミステリとは言えないような悩みのないキャラクターたちによるひたすらバカなドタバタが私はとても好きで、そういう方向は大歓迎なのだ。本作は、東川青春ミステリのあっけらかんとしたバカっぽさとはまた違うが、なかなか情熱的な馬鹿さが楽しい作品だった。

 ミステリのメインとなる事件については、本作は悪意が介在する事件というより、キャラクターたちの情熱ある行動からミステリを取り出すという形をとっていて、一話のラーメンを食べに学校を抜け出す話と、第三話の消しゴムポーカーの話は、キャラクターたちの無駄なことに熱い情熱をかける姿と、そこから取り出されるミステリ――ちりばめられた伏線とそれを取り出して見せる解決が上手くマッチしていていた。

 終盤の変則的な名探偵ものみたいなまとめは、いささかきれいにまとめすぎようとしている感じはするが、各事件の場面をダイジェスト的に振り返っていく趣向としては悪くない。なんだかんだで著者らしい生真面目さにあふれている。

 個人的には第三話の『賭博師は恋に舞う』が一番バカっぽい爽快さにあふれているかもしれない。ミステリ的には『RUN! ラーメンRUN!』の細かな伏線とロジックが好き。

以下、各話感想

第1話「RUN! ラーメンRUN!」

 学校を抜け出して昼休み中にラーメンを食べに行くという、この作品を代表するような馬鹿馬鹿しい行動の顛末をちゃんとミステリにする手腕が素晴らしい。ミステリの型としては倒叙ものとなるが、学校を抜け出してラーメンを食べてきた犯行計画が一瞬にして見抜かれたのはなぜか? というミステリを細かな伏線とそこから浮き上がるロジックで処理する手つきがなかなか。ラーメンを前にして、だんだん思考力がなくなっていく高校生たちの描写もなんか楽しい。

第2話「いつになったら入稿完了?」

 女子高校生が語り手になっているためなのか、バカ度は薄いというか、青春につきものの「嫉妬」や「才能」という奴が物語に辛気臭く浮上してきて、出やがったなこいつ……という感じ。最終的になんとかみんな最高だぜという感じにソフトランディングさせたが、青春ミステリと言えばの某シリーズの某作へのカウンターになっているかというとちょっと弱いかも。締め切りを前に徹夜とエナドリでふらふらになる部員たちの変なテンション描写とか馬鹿さがもっと欲しかったように思う。

 ミステリ的には消失ものだが、シンプルなトリックの二段返しが上手い。

第3話「賭博師は恋に舞う」

 消しゴムで行われるポーカーを舞台に、みんなの憧れの女子生徒への告白権をかけて熾烈なコンゲームが始まる。クラスの男子たちによる非情な裏切りと友情の物語。

 馬鹿なことに賭ける情熱では本作随一の情熱があふれて、あの手この手のイカサマ戦の果てに最後の小細工なしの一騎打ちまで、加速していく物語がアツい。

 イカサマ以外にもいろいろと盛りだくさんでミステリ的にも密度が高い一編。

第4話「占いの館へおいで」

 「星占いでも仕方がない、木曜日ならなおさらだ」そんな不可解な言葉から推理を展開させる、いわゆる「九マイル」ものの一編。正直なところ「九マイル」ものがそんな好きじゃないというのもあるが、言葉尻から思わぬ犯罪を引き出す飛躍感というよりは、いささか唐突感の方が勝ってしまったところがあるように感じた。普通に犯罪が出てくるし、馬鹿な情熱度も薄い。

第5話「過去からの挑戦」

 過去の天文部部員消失事件を軸にして、各短編をまとめていく一編。たぶん読者が望むところであろう場所に収束させつつ、郷愁を感じさせるいかにも「青春」なストーリーに着地させながら、各編で活躍した「馬鹿」たちの姿を見送るようにして締める。

 メインの過去の事件については、その動機が当時の切実さから時間を経てなんか気恥ずかしいものに変質してしまった、そんないわゆる中二感がなんかほほえましい。

 なんだかんだで生真面目に収めることで、馬鹿っぽさは影を潜めた感じはするけど、物語のおさまりとしては悪くなかった。変に湿っぽかったり深刻な感じになることもなく、肩ひじ張らずに濃密な昼休みを楽しめる青春ミステリになっていたと思う。