蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ その8

赤川次郎『死者は空中を歩く』

 奇妙な作品というか。ベースは『そして誰もいなくなった』みたいなシチュエーションで、万華荘という富豪の住む屋敷に呼び出された人間たちがその当の富豪が自分を殺してほしいと依頼するのだが、その富豪は塔の上から窓の外を歩いていくのが目撃されて失踪。ほどなくして招待客たちがどんどん殺されていくという筋書きは、本格ミステリ的なテイストを醸しつつも、どこかコメディライクな筆運びで進みつつ、しかしところどころ妙にグロテスクなテイストが事件そのものを駆動していて、最後に事件の核になる部分が露出した時、どことなく哀愁のようなものがただよう。

 ユーモアやテンポのいい展開で読者をひきつけて読ませるエンタメでありながらも、ところどころ妙な生々しさや残酷さが顔を出す。著者はユーモアミステリの書き手と大雑把に括られがちだが、やはりそのユーモアの中にある「毒」こそが赤川作品のキモなのかもしれない。

 

草野 唯雄『瀬戸内海殺人事件』

 これもなんだかヘンな作品だった。大学教授の妻が瀬戸内海の島で失踪し、その生死をめぐりながら鉱山会社の社員と月刊雑誌記者のコンビがドタバタしながら真相を探るのだが、全体構造が妙な感じがするというか、今現在のミステリではあまりお目にかかれないようなヘンな構成をしているような気がする。一応、アリバイ崩しをメインに据えつつ、それなりのトリックもあり、驚きも用意されてはいるのだが(読者への挑戦もある)、全体にまぶされた奇妙なコメディ成分と、犯人のこれまた変な独り相撲感がヘンテコな味わいを残す。犯人の特性をもっと伏線に生かせれば、犯人が明らかになった時のミステリ的な感興は上がったと思う。

 瀬戸川猛資氏が解説を書いてたり、時評(警戒信号)でまあまあ好意的に触れてたりして、ちょっと期待するかもだが、やはり当時の本格物の「冬の時代」的なものを感じさせるような気はしてしまう。ことさら無理して読む必要なないように思うが、当時の本格の空気を感じる分にはいいのではないか。

 

西村京太郎『殺人者はオーロラを見た』

 これはなかなかすごいというか、今でもというか、今こそまた読まれてほしい内容を含んだ作品。日本における少数民族問題という社会的なテーマを軸に、歴史ミステリ的な側面も織り込みつつ、しかし探偵対犯人というミステリにきちんと収斂する構成力が見事。中盤の歴史ミステリ的な考察もただ盛り込んだというのではなく、ちゃんと犯人を追い詰めるための伏線として機能しているのが上手い。本作のミステリ部分は割かし単純なものだったりするのだが、それを探偵対犯人のある意味思想対決のようなものへとずらすことで、飽きさせないエンタメ作品に仕上げている。後半のほとんど幻想的な「抵抗」の展開は静かに胸を突くものがあるし、そこが探偵と犯人の最後の対決の場となる展開の妙も抜かりがない。そしてその幻想の風景と「オーロラ」を暗示するように重ねる演出もまた素晴らしく、読み終えた後にタイトルが読者の胸に迫ってくるだろう。

 著者がこの作品で書きたかったことの一つは、戦いと犯罪の違いはどこにあるのか、その境目は一体どこにあるのかということだったという。少数の存在をかけた戦いが、多数には和を乱す「犯罪」として処理され、「同化」してしまえば問題などなくなるというような傲慢さは今なおはびこり続ける。そんな視点をエンタメに徹しながらも描ききった本作は、少数の歴史と伝統を踏みつけながら叫ばれる「歴史と伝統」の空疎さへの決然としたプロテストだ。

 しかしそのプロテストを幻想に託さざるを得ないところに、ある意味この作品が書かれた時点でも、この国にはびこる現実の強固さ、どうしようもなさが刻印されているのかもしれない。

 

降田天『事件は終わった』

 地下鉄の車両で起きた無差別殺傷事件。そこから物語は始まる。そこに居合わせた人間たちのその後の姿を描くオムニバス短編集。最初の二編――特に最初の話は乙一っぽいファンタジックな要素を組み入れたミステリだが、それ以降はファンタジックな要素は特にない。無差別殺人事件が事件後に周辺の人間たちに大きな波紋を描き、それがやがて、唯一の死者である人物を浮き上がらせていく展開が上手く、最後に浮かび上がる“英雄”の普通の姿は読者を泣かせに来る。

「英雄の鏡」のように作品のトーンからミステリ部分が浮き上がっている作品もあるが、全体的に上手いエンタメに仕上がっている。特に二編に渡って登場するテニス部の少年と報道部の少女はキャラとしても立っていて、彼らの活躍する青春ミステリのスピンオフがもっと読みたくなった。