蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

日々は過ぎ去ろうとも、それは永遠なんだ:根本 尚『人形紳士 少女探偵・火脚葉月 最後の事件』

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 とてもよかったんで読んでなかったらぜひ読んでほしい。

 著者の根本氏は同人で乱歩的な怪人が跋扈する本格ミステリ作品『怪奇探偵・写楽 炎』シリーズを書き続けているのですが、それとは違った主人公たちを据えたこの作品は、これまでと同じような奇想天外なトリックが飛び交う探偵対怪人の世界をベースにしつつ、しかしこの作品だからこそできた探偵と助手の物語を主眼とした作品となっています。探偵と助手の物語であり、探偵の少女と助手の少年のかけがえのない時間の物語として見事にまとまっていて、かなり抒情性が増した作品となっていました。

 この作品はサインペン一発描きとのことですが、その物語の力を堪能するには特に問題はなく、また終盤の、このためにこの物語があったようなコマは、読者の胸にきっと忘れがたい瞬間を刻みつけるでしょう。

 著者のメインシリーズたる写楽 炎シリーズは、どっちかというとおどろおどろしい、邪悪としか言いようがない怪人たちや彼らが繰り出すトリックが見せ場ですが、本作は探偵と助手というキャラクターに力が入っていて、そのデザインもクッキリしているし、なにより少女探偵・火脚葉月がとにかく可愛い。そういう意味では、著者のキャラクター造形の違った側面が発揮された作品となっています。少年誌的な読者サービスがあったりもしますが、意外にもそれがきちんと物語にも生きていて、また、写真や人形という小道具の使い方も巧み。そして、そもそも「探偵小説」というものがもつノスタルジックさ――著者が描く作品世界そのものを在りし日への郷愁へと変えるような構成も物語の抒情性に大きく寄与しています。

 一方で、ミステリ部分は写楽シリーズを踏襲し、遜色ないクオリティを見せてくれます。最初の事件の「人間水中花事件」における、ギャグっぽいアイディアをシチュエーションを生かして手掛かりにしているところとか、「人形紳士」の本作だからできた構造とか、ミステリ的にも面白く仕上がっていて抜かりありません。

 もうそれは過ぎ去ってしまったけれど、その日々は永遠に輝いている。そんな、在りし日の少女と少年が駆け抜けた冒険の日々――ワクワクやドキドキ、そして切なさをそっと閉じ込めた青春ミステリの逸品、そして「名探偵最後の事件」として、読者に忘れがたい印象を残す作品に仕上がっていました。難しいのだろうことは承知ですが、なんとかこの原稿の行き場所が見つかって、完成させた漫画として世に出て欲しいな、と思います。

 

追記:電書で読む&所有することができるようになってました(内容は公開されたものと同じ)。

 

 あと、著者の代表作、写楽 炎シリーズについて過去書いた記事があるので、読んで興味を持ったらぜひそちらも読んでほしい。

kamiyamautou.hatenablog.com