蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』

レイトン・コートの謎 (創元推理文庫)

 

あらすじ

 レイトン・コートと呼ばれる田舎の屋敷で、主人が額を撃ち抜かれて死んでいるのが発見された。現場は鍵が掛かっており、遺書も発見されたため、警察は自殺として事件を扱うが、そんな中、主人のパーティーに参加していた妙な男が殺人説を主張し始める。

 ロジャー・シェリンガム――友人のアレグザンダー・グリアスンにくっついてきた三十過ぎのおしゃべりな小説家は、アレグザンダーを助手に指名すると、何故か自信満々で事件の調査に乗り出すのだが……

 バークリーによる忘れがたい名(にして迷)探偵ロジャー・シェリンガムシリーズの第一作。

 

感想

 この作品、1925年発表なんですよね。それでこのひねくれぶりというか、シリーズ的にはまだシェリンガム氏の「暴走」ぶりを含め、穏当な作品に仕上がっているほうとはいえ、すでに「名探偵」なるものに対するシニカルな視線が注がれていることには、そのバークリーの「スピード感」に驚かされます。シャーロックホームズが席巻して、そのフォロワーがポコポコ生まれてた時代ですからね。名探偵といえば、推理をするまでは意味深にふるまい、口を開けばピタリと当たる、みたいなヒーロー像をみんなして一生懸命描いている横で、ベラベラ自分の考えをくっちゃべりながら、自信満々に推理を外す、みたいな探偵像を描き出すというのは、いくら皮肉が過ぎる英国紳士にしてもそのメタな視線は先見的でしょう。

 本作は、メインの謎として密室が設定されてはいますが、それ自体はあっさりシェリンガムの“知ってた手口”で解き明かされ、主眼とはされていません。興味を引く謎を構築して、名探偵がそれを鮮やかな推理で解体するという構成自体にも背を向け、ミステリの主眼を、探偵による推理の試行錯誤の経路に置いている点も、当時としてはかなり先進的なプロットだったのではないでしょうか。そして、「名探偵」シェリンガムに与えられた「迷探偵」という側面が、コメディを引き寄せつつ、読者を翻弄する装置となってシリーズをより皮肉な方向へと深化させていきます。

 また、見つけたことや自分の考えを逐一読者にさらすというのは、フェアプレイを担保しつつ、証拠品に対するシェリンガムの解釈をかぶせることで、読者を誤導する役目も担っていて、その辺のテクニックなんかは発明と言っていいのではないでしょうか。

 そんな感じでこれからのシリーズの萌芽がたっぷり詰まった本作品ですが、ロジャーとアレグザンダー以外の登場人物にあまり精彩がなく、章の終わりで毎回動きがあったりするプロットの割にはなんだか淡白で、シェリンガムのドタバタも一人芝居じみたものがあり(雄牛のくだりなどは面白いが)、途中で退屈になってしまいました。ただ、真相を提示する手前の、シェリンガムの細かい部分を外しながらも、大枠を当てているために、関係者たちの補足で真相を形成していくという推理のプロセスはとても面白く、名探偵の推理が絶対でなくても、真実が形成されていく、という部分はこの作品のキモと言っていいでしょう。そして、そこから、急に「名探偵」の顔をしたシェリンガムが犯人にザクっと切り込むラストの推理などは、なかなか印象的です。

 正直、初読の時は、なんかよく分かんないな、という感じでしたが、再読してみるとバークリーの本格探偵小説における特異性みたいなのが、より実感できる読書になったと思います。