蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ナマケモノでも意外と映画にできる:映画『キラー・ナマケモノ』

 映画には動物ものというジャンルがある。可愛い動物が出てきて大冒険、人間との絆とかもあったりして、子どもたちは大喜び!……ではなく、あまたの子どもたちにプールや海への恐怖を植え付けた『ジョーズ』なんかを代表とする、動物を使って人間をぶっころさせる、悪い大人たちが作るジャンルである。アニマル・パニック・ホラーとか言われるそれらは、たくさんの動物たちが凶暴化し、人間をぶっころしてきた。サメ・クマ・ヘビ・ワニ・トラ・ハチ……この手のジャンルは先人たちからいいとこどりをするので、後進にはあまり新規の手札が残っていない。それでも頑張って、ビーバーやらカブトガニでも殺人動物映画は作られ、そしてついにこいつにも人間を殺す役が回ってきたわけである。

 なまけもの――ストレートでひどい名前である。まだカタカナで書けばカッコいい感じがしなくもなくはないが、ひらがなで書くとたたただ、寝ているおっさんみたいな字面である。そういう名前をつけられてしまったのは、ひとえにその生態にある(いやまあ、人間の傲慢さだろ)。排泄以外は木の上で完結した生活を送り、そしてほとんど動かない。哺乳類だが、変温動物のように体温が外気温に影響を受け、一日をほぼ寝て過ごしている。ものもほとんど食べず、体に生えた苔を食べたりもするらしい。イメージ的にも実体的にも捕食者ではなく、被捕食者。そんなので殺人動物映画作れるのか? と思うかもしれない。とはいえ、まあ、基本的にはどんな動物でも"必殺:人間の作ったなんかよく分からない科学物質もしくは、放射性物質”で凶暴にしようと思えばいくらでもできるので、たぶんそんな感じなんだろうな、と思っていたのだが……。

 この映画、実は、動物殺人映画のフォーマットというよりは、普通の殺人鬼映画のほうに近く、そこに収まっていることにより、妙な笑いがあちこちに漂っている。それはやはりこの動物のチョイスによるものであり、また、演出上の選択にもよる。とにかく、バカな映画らしいバカっぽさがそこかしこに滲み出ていて、ホラー・コメディ映画としてはそれなりに堅実なつくりで楽しめる。まあ、大スクリーンで観る必要があるかというと、どうかなあ、という感じではあるが。家のテレビで部屋を暗くしてダラダラ観るのがもしかして一番いいのかもしれない。

 そういえば、この映画を観に来たのが自分以外に子ども連れがいて、え、こんな映画に……? とちょっとヒヤヒヤした。何故なら、この手のB級ホラー映画には、殺人シーン以外にも、「お色気」要素という奴が挿入されていて、男女がいたしている最中に殺人鬼が乱入して来たりが日常茶飯事なのだ。大丈夫なのか……? という思いが一瞬よぎる。ヘンなお父さんの横暴なのか(よく見たら子どもを連れていたのはおばあさんだったが)? だが、それは杞憂だ。何故ならこの映画はレイティング指定が何もない、完全な"健全”映画だからだ。『オッペンハイマー』よりも安心安全な映画である。さすがナマケモノ(?)、なんともないぜ。むしろ子どもたちが、可愛いナマケモノ観たさに、嫌がるおばあさんをねだり倒して来たに違いない。

 まあ、そんなわけで、この手の映画にしては、お色気はおろか血みどろブシャーも控えめで、死体のシーンも特にはっきり映したりはしていない。もちろん、死体損壊とかもない。まあ、そういう意味ではB級ホラー映画的なドキツさには欠けるし、そういうのを求めてると物足りなさはいなめないかもしれない。とはいえ、ナマケモノという存在がどうやって人間を殺していくのか、そしてそのシュールすぎる絵面に、どうかくすくす笑いながら観てやって欲しい。

 女子大生の寮を舞台に、SNSで人気者になりたいがために動物動画を貼りつけて"いいね”をかせぐ。そんな現代の病理にも鋭く(?)切り込んんでいて、とってつけたような説教やお涙頂戴も完備した意欲作。とりあえず、殺人アニマル好きはチェック。

 

あらすじ

 大学四年生のエミリーは、大学寮生活最後の年になっても地味な存在で終わりそうなことに鬱屈したものを抱えていた。かつて母は「会長」として寮のみんなから信任を集めたというのに……。そう、この寮には寮会長を選出する選挙があり、ようするにみんなの中でイケてる人間を選ぶみたいな儀式があるのだ。とはいえ、大本命のブリアナが着々と地保を固めていて、そこに付け入るスキはないと思われた。SNSで大量のフォロワーがいるブリアナ……私も彼女みたいな「人気者」になりたい。

 そんな時、エミリーはショッピングモールで逃げた犬を保護し、その場で知り合ったペット業者から連絡先を受け取る。最初はそんな気はなかったのだが、やがてSNSを巡回していた彼女は、ペット動物たちの画像に大量の"いいね”がついていることに意識を持って行かれる。カワイイ動物でみんなの注目の的……。ペット業者に連絡を取り、さっそく彼を訪ねるが、何故か本人は不在。代わりにナマケモノが暗闇の中ぶら下がっているのを見つけ、思わず寮にもって帰ってきてしまう。ナマケモノをペットにしたエミリーは、それに「アルファ」と名前をつけ、寮のマスコットにしようと提案する。さらにその人気に乗じ、マスコットの飼い主として会長に立候補するのだが……

 

 ※ここからはネタバレというか、まあまあ、内容に触れていくのでそのつもりで。

 

 

 

 

 

 

 あらすじに書いたように舞台はアメリカのとある大学寮で、そこには会長職なるものが存在し、それを投票で決めるしきたりがあるらしいのだが、そんなの普通にあるのか? よく分からない。日本の学園に君臨する生徒会長みたいなものだろうか? それはともかく、まず人物紹介からSNSのプロフィールが横に表示されて、そのフォロワー数が戦闘力みたいに表示されるのもなんか可笑しい。頭の上にハートマークとか、ちょくちょく挟まれるSNS的演出なんかもチープでよかった。あと、選挙期間中にどんどこ殺されてって、別に死体を隠している風でもないのにあいつどこ行った? で済ませてる雑さとかもよかった。

 では、本作のウリである殺人ナマケモノについて。前述でちょっと濁した感じになっていたが、たいていの動物――まあ、元々そんな危険じゃないタイプの動物に殺人をさせる場合、謎の化学物質とか、放射性物質で凶悪に変質させて襲わせるという手段を取ったりするのだが、この映画のナマケモノは、一応、冒頭でワニを爪で倒す描写(なんで?)はあるが、そういうエクスキューズは特になく、外見なんかも普通に元のまんまである(そこが”可愛い殺人者”という本作のウリでもある)。一応、8時間ごとに薬を与えないといけないみたいな設定があるのだが、それで何を抑えているのかよく分からない。

 そして、言ってはなんだが、その普通のナマケモノの見た目は、じゃっかん間抜け寄りの"カワイイ”なわけで、その見た目でどんどん人を殺していくという絵面の間抜けさが、全編を覆っている。いかにもなスラッシャー映画のごとく、ストリングがキンキンに鳴り、カメラがパンすると、そいつが無修正の間抜け面でいるのである。ナマケモノはそのままに、一生懸命ホラーの演出を施すことで醸される何とも言えない笑い、それこそが本作のキモと言っていいだろう。とはいえ、最初は生真面目にナマケモノの「アルファ」君もノロノロ動いて(嵐の夜に寮の外壁をノロノロ登る姿も笑える)対象者に薬を盛り、動けなくしてからノロノロ近づいて(編集で瞬間移動みたいな挙動になっているが)喉を切り裂く律義さを見せていたが、だんだんチャッキーみたいな動きになってくる雑さも悪くない。挙句の果てにはスマホを操作し、殺し損ねた人間のいる病院を突き止めて、主人公の車で止めを刺しに行こうとする(!?) さらに殺した女子大生とセルフィ―をとって主人公に送り付けるという所業をかますのだが、健全レイティングのためか、死体がほとんど寝ているようにしか見えず、なんか日本のよくない寝取られミームみたいな感じになってて、絶叫してスマホをたたきつける主人公とともに、なんか違う文脈を見せられている感じが笑える。

 最終的にはブギーマンかよみたいな不死身ぶりを発揮し、窓の外にぶっ飛ばして、やったか!? と思いきや、もう一度窓の外を確認すると消えているという、ブギーマン仕草もやってくれるサービスぶりにも笑うしかない。

 全体的に大笑いという感じではないんだけど、いろんなホラーのオマージュをナマケモノでやるということを含めてくすくす笑う感じでした。