蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

小説

アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』

あらすじ レイトン・コートと呼ばれる田舎の屋敷で、主人が額を撃ち抜かれて死んでいるのが発見された。現場は鍵が掛かっており、遺書も発見されたため、警察は自殺として事件を扱うが、そんな中、主人のパーティーに参加していた妙な男が殺人説を主張し始め…

山前 譲 編『真夜中の密室』

真夜中の密室 (飛天文庫 や 3-1 密室殺人傑作選) 作者:山村 美紗 飛天出版 Amazon 昭和30年代から昭和60年代にかけて発表された8作をまとめたアンソロジー。メンツは山村美紗、高木彬光、中町信、泡坂妻夫、大谷羊太郎、天城一、島田一男、鮎川哲也で、個人…

「魔術」なトリック:アガサ・クリスティー『魔術の殺人』

ミス・マープルのシリーズ第五作目。本書はクリスティの中だと結構トリックが印象的な作品かもしれない。カー寄りというか、カーが喜びそうな雰囲気を持つ作品。 あらすじ マープルは学生時代の知り合いから妹の様子を見てきてくれないかと依頼を受ける。彼…

天使と悪魔:アガサ・クリスティー『カーテン』

なんかイマイチ更新できないので、旧ブログに書いてたやつの転載でお茶を濁す(じゃっかん改稿してある)。『カーテン』は今のところクリスティのベストというか、自分の中の本格ミステリベストにも入れたい作品。あと、自分のこの感想文章もけっこう気に入…

孫沁文『厳冬之棺』(訳:阿井幸作

Impression 日本以外のアジア圏、特に中国のミステリに注目が集まっている昨今。向こうにも英米のクラシックなミステリにとらわれた人間がいることを、そして名探偵だトリックだのに拘る日本のいわゆる新本格ミステリ的なものを書く人間がいるということを教…

オカルトとロジックの青春ミステリ:今村昌弘『でぃすぺる』

感想 自分の好きな青春ミステリの二大巨頭として東川篤哉の鯉ヶ窪学園探偵部シリーズともう一つは乙一の『GOTH』がある。前者はバカっぽいあっけらかんとした要素が、そして後者は渇いたゴスな雰囲気――以上に噂や殺人鬼といったミステリを探して町をぶらぶら…

阿津川 辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』

「青春」という奴はなかなかセンチメンタリズムと相性がいいらしく、青春ミステリといえば、やはり戻らないあの時の郷愁を含んだ悩みや恋愛、それらが醸し出すほろ苦さ、という要素に彩られることが多い。また、それによって「物語」として奥行きを持つとい…

生きづらさの場所:J.Gバラード『殺す』

あらすじ ロンドンの高級住宅街で住人32人が惨殺された。被害者はすべて大人。同時に被害者たちの子ども13人は跡形もなく姿を消していた。メディアを中心に、事件に対し様々な憶測が飛び交う中、内務省から派遣された法学医ドクターグレヴィルは、現場を見て…

少女は殺人を見たか:アガサ・クリスティー『ハロウィーンパーティ』

Impression ケネス・ブラナー版の映画第三作が『名探偵ポワロ:ベネチアの亡霊』というタイトルになっていて、聞いたことないけど、クリスティ財団の公認パロディというか、公式同人の映画化なのかな、と思っていたら本家の『ハロウィーンパーティ』の映画化…

梶龍雄『葉山宝石館の惨劇』

Impression 徳間が行っている本格ミステリ者への文化事業――梶龍雄の作品復刊も着々と進んでおり、これまで「驚愕ミステリ大発掘コレクション」として『龍神池の小さな死体』『清里高原殺人別荘』が、「青春迷路ミステリコレクション」として『リア王密室に死…

東川篤哉『中途半端な密室』

かつて光文社で本格推理短編を公募し、鮎川哲也が選者となって選ばれた作品をまとめた『本格推理』という文庫シリーズがあり、後に二階堂黎人が選者を引き継いだ『新・本格推理』と続いた。このシリーズには、東川篤哉の他にものちにデビューする作家たちが…

カーター・ディクスン『五つの箱の死』

本作については、カーの作品の中で正直なところ、あまり顧みられていない作品というのが通説というか、江戸川乱歩のカー問答に始まり、カーを語る文章のなかで特にほめている記述は見当たらない。そんな状況を「奇想の本棚」の製作総指揮者は嘆き、さらにこ…

退屈な少年が見る家族の肖像:鈴木悦夫『幸せな家族 そして その頃はやった唄』

かつて読んだ人間に衝撃を与え、そのぬぐいがたい経験が一部で地下水脈のごとく語り継がれていたという児童書。それがこんど、めちゃくちゃ本を読みこんでいるフォロワーさんが解説を書いて中公文庫で復刊するということで、なんかいてもたってもいられなく…

小川洋子『沈黙博物館』

「映画は語られることで映画になる」これは、押井守がよく言う言葉だ。ものごとは、それそのものというよりは、誰かによって語られることで姿が見えるようになる。そういえば、『同志少女よ、敵を撃て』でも押井の言葉を思い出すような読書体験をした。「同…

飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』

以前、好きな青春ミステリを挙げた記事を書いたのだが、そこで取り上げようとしつつ、再読してからと思ってスルーしてしまった作品がこの『堕天使拷問刑』だ。 kamiyamautou.hatenablog.com この作品、持ってなくて、図書館で借りて読んだのもだいぶ昔。何年…

ハリボテな幽霊屋敷に潜むもの:ジョン・ディクスン・カー『幽霊屋敷』

あらすじ 執事がシャンデリアに飛びつき、落下したそれに押しつぶされるという不可解な事件が発生した屋敷。その過去のいわくに興味を持ち買い取った新しい持ち主により、幽霊パーティーが開かれるが、今度はそこで不可解な殺人事件が起きる。それを目撃した…

好きな青春ミステリ

だいぶ前、東川篤哉の青春ミステリを取り上げたのだけど、その他の自分の好きな青春ミステリ作品についても書いておこうかと思い、いくつか挙げていこうかと。 ――と、思ったところで、そもそも青春ミステリってなによ、という部分にぶつかる。青春といえば若…

ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』/小林 晋 訳

Impression 日本は一応、翻訳ミステリ大国といっていいほどミステリの翻訳がさかんで、特に古典本格ミステリについては、多くの先人たちが渉猟し、多くの傑作・名作を翻訳してきた。しかし、それでもまだ、黄金期の古典にはその先人たちの探求から逃れた「名…

倉知 淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』

安穏としたデスクワークを目指し、難関の公務員試験を突破したはずの木島壮介が配属されたのは警察庁特殊例外事案専従捜査課という、聞き覚えのない部署だった。そこは、警察の捜査では手に負えない例外的な事件を外部の民間人を招聘して解決にあたる特殊な…

今邑 彩『時鐘館の殺人』

時鐘館の殺人 (中公文庫) 作者:今邑彩 中央公論新社 Amazon ガチガチの本格というわけではないが、ミステリを基調に、ニューロティックスリラー、SFファンタジー、奇妙な味、といった今邑 彩のエッセンスが詰まった短編集と言っていいだろう。それぞれ異なっ…

泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』

ダイヤル7をまわす時 (創元推理文庫) 作者:泡坂 妻夫 東京創元社 Amazon 著者といえばの逆説的な推理法もあるにはあるが、メインどころでガツンと来るよりは、サブに回っていい味を演出する方向性で、比較的、正攻法な手法で作られたミステリが多い。どれも…

連城三紀彦『黒真珠』

黒真珠-恋愛推理レアコレクション (中公文庫 れ 1-4) 作者:連城 三紀彦 中央公論新社 Amazon 連城三紀彦の未収録短編二十四編(現在確認された分)のうち、十四編を収めた短編集。比較的分量のある七編と掌編七編を前後半に分けて収録している。 連城三紀彦…

鴨崎暖炉『密室狂乱時代 絶海の孤島と七つのトリック』

感想 不在証明ならぬ不解証明が司法で適用され、密室殺人が横行する世界を舞台にしたシリーズ二作目。今回もまた、密室のための舞台、人物、そして密室で構成されている。密室は前作以上の七つが矢継ぎ早に繰り出され、繰り出されるそれを次々に撃破していく…

さがら総『恋と呪いとセカイを滅ぼす怪獣の話』

久々にラノベを買ったら、著者の不手際で回収されてしまった。 mfbunkoj.jp 割とネタバレ的なことも書いていくのでそのつもりで。 星堕ち島――その島には特別な子供たちが集められていた。十数年前に落ちた星の影響で「呪われた」異能者となった彼ら。隔離さ…

基本のキだけでここまでできる:アガサ・クリスティー『ねじれた家』

1949年作 アガサ・クリスティーのノンシリーズの一作にして、本人が自己ベストに挙げていることでも知られる本作。最近新しい映画も出たなそういえば。 クリスティーは、ノンシリーズ物にも良作がゴロゴロしているので侮れない。この作品は、クリスティの最…

笹沢左保『真夜中の詩人』

トクマの特選による笹沢佐保の「栖川有栖選 必読!Seletion」も第四弾。今回は誘拐ミステリの異色作。 誘拐ミステリと言えば誘拐犯との交渉、身代金の受け渡しをめぐる攻防、そして誘拐された者の安否――といったものが中心に展開されるのが一般的な誘拐ミス…

実はそうじゃなかった:アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』

クリスティーによるミステリ史におけるマイルストーン、そのまた一つ。1936年出版。 もしかしたらエラリー・クイーンによる「X」「Y」「Z」*1に触発されたのかもしれない作品だが、知名度は断然こちらが上で、ミステリという歴史の中で「ABC殺人」「ミッシン…

泡坂妻夫『雨女』

雨女 (光文社文庫) 作者:泡坂 妻夫 光文社 Amazon 「雨の女」「蘭の女」「三人目の女」の前半三作の「女シリーズ」(?)は、最近あまり見かけなくなったような気がするエロティックミステリ。とりあえず女の人が出てきてセックスするみたいなサービスシーン…

ディック・フランシス『度胸』

アート・マシューズが、ダンスタブル競馬場の下見所の中央で、一発の銃声とともに、あたりに血を飛び散らせて自殺を遂げた。 著者の第二作。1965年出版。 いきなりパドックで騎手が自殺するという衝撃の展開から幕を開け、まずは掴みはバッチリである。そし…

物語が悲しみで結晶するとき:ジェローム・ルブリ『魔王の島』

あらすじ 地方で新聞記者をしているサンドリーヌは、これまで一度も会ったことがない祖母の死の報を受け、同時に弁護士から祖母の住んでいた島に来てほしいと頼まれる。気が進まないサンドリーヌだが、上司に無理やり一週間の休暇を与えられ、その島に赴くこ…