蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ その9

遠坂八重『ドールハウスの惨劇』

 第二十五回ドイルドエッグ賞受賞作。早くもシリーズ第二作が発売予定らしい。

 たこ糸研究会という妙な部活動の傍ら、学内便利屋をしている滝蓮司と卯月麗一。ある日蓮司が学園一の美少女である藤宮美耶が持ち掛けられた依頼から、二人は対照的な双子、美耶と沙耶とつながりを持ちはじめる。特に蓮司は姉美耶の影でしかないような沙耶と少しずつ仲を深めていく。一方で、その二人には周囲からはうかがえない、家庭の深刻な事情を秘めていた。そして、その歪な環境がほころびを見せ始めるとき、惨劇が起こる。

 前半は便利屋二人の活躍や美耶と沙耶を取り巻くおぞましい環境をじっくりと描き、なかなか重苦しい展開だが、新人ながらも腰をすえた筆でそこをきちんと読ませる。そして、少女二人が置かれた環境のおぞましさが臨界を迎えるように事件が起き、そこからの展開もなかなか読者を翻弄するような筆さばきで読ませる。ミステリ的には本格ミステリ的なものを期待するとちょっとあれだが、タイトルにふさわしいおぞましい事件を描いてはいる。

 犯人についてはいささか唐突感というか、存在感自体はそこまでないので、事件そのもののおぞましさを支えるにしては少し弱いような気もした。あと、ここまでのことをお膳立てする人間についても、その根拠となるものが希薄な気がしなくもない。

 とはいえ、きちんと物語として読ませる作品であることは間違いないし、事件が起きない部分をしっかり読ませる筆力がある。今後が楽しみな新人でした。

 

桃野雑派『星くずの殺人』

 乱歩賞を受賞した著者の第二作。

 中国時代物だったデビュー作から一転し、今作ではスペースステーションを舞台にしたSFミステリとなっている。トリック自体は、ちょっと専門性方面に寄っていて、知識で説明系な解決になってはいるのだが、クローズドサークルな状況になってしまう運営会社の裏や主人公の宇宙に対する思い、そして状況を利用したサスペンスフルな展開など、エンタメ作品として楽しませてくれる作品となっていました。また、中心となる殺人以上に、宇宙を介した大仕掛けをもくろむ犯人の真意だったり、宇宙を通してつながりを取り戻そうとしたりする女子高生の思いなど、宇宙と人の意志が直結するスケール感なんかも印象深いものがありました。

 

北山猛邦『天の川の舟乗り』

 引きこもり探偵、音野順のシリーズ三作目。「人形の村」「天の川の舟乗り」「怪人対音野要」「マッシー再び」の四作を収録。

 「人形の村」は、このシリーズでは珍しく物理トリックが登場しない異色な一編。ちょっとホラーなテイストもありつつ、奇妙な犯罪計画の綱渡り感などは、著者の世界らしい人工性が楽しい。残りの「天の川の舟乗り」「怪人対音野要」「マッシー再び」は、著者らしい紙上の物理トリックが炸裂する。中編として分量がある「天の川の舟乗り」は、ミステリ部分以上に音野と犯人が共鳴して、一つの目的へと嵐の中を走りだしていく光景が、なかなか幻想的な光景として印象深い。犯人に共感してしまう探偵だからこそな光景を描き出していたように思います。「怪人対音野要」は、グズグズする順とは対照的に、いかにもなヒロイック然とした兄の活躍が描かれている。ヒーローたる探偵が快刀乱麻に謎を解くスピード感と爽快さが印象深い。「マッシー再び」は、「天の川の舟乗り」の後日譚的な位置づけで、事件的には十年ぶりの音野順シリーズ最新作。前回の事件を引きずった音野がちょっと前向きになる話。

 

島田荘司ローズマリーのあまき香り』

 七年ぶりの御手洗シリーズ。まあ、個人的には作者に思うところがあって、もう言及するの控えようかと思いつつ、しかしなんか色々不安な作品だったので。

 率直に言うとシリーズ的には後ろから数えたほうが早いみたいな出来の作品。謎の造詣やそれを演出する力、サブストーリーを絡めた構成力がかなり弱い。トリック自体も著者にしてはあまりにも“普通”過ぎるというか(これを氏だから盲点だった、は物は言いようすぎるだろう)。確かに600ページにもなる大部の物語を読ませる力はあるにせよ、サブストーリーそれ自体の力やそれを本筋の事件に乗せる力とか、同系統の『ネジ式ザゼツキー』『摩天楼の怪人』なんかと比べると雲泥の差である。あと、ところどころに挟まれる日ユ同祖論みたいな、カビの生え散らかした素面でするにしてはなネタとかもちょっと。そして、ロスチャイルドの暗躍からコロナやロシアのウクライナ進攻へつなげるように陰謀論で加工した巨悪を作り上げて、それをとっちめて御手洗が未来を救うみたいな構造は、いくらフィクションにしたって、あんまりなやり方じゃなかろうか。

 また、悪だと前置きしつつもヒトラーより巨悪がいて、彼も操られていたいささか気の毒な存在なのだととられかねないユダヤ富豪暗躍説みたいなのも、世界に向けるにしては色々まずいのでは。まあ、クリスティだって晩年はエライ作品書いちゃったりしたが、それにしても世界に認知され始めた「HONKAKU」の旗手の作品として、はたして大丈夫なのかという、不安が尽きない。

 

渡辺優『私雨邸の殺人に関する各人の視点』

 かつて殺人が起きたという私雨邸という一風変わった名前の館。そこに住む資産家一族のもとに、様々な事情で迷い込むようにして集まった6名の男女。ほどなくして嵐で館は周囲との連絡を絶たれ、クローズドサークルへと変貌する。そして、館の主が密室内で死体となって発見される……。

 とまあ、何べん繰り返されてきたなシチュと展開で、またかよとい眉を顰める人もいれば、飽きもせず何べん出てきてもうれしいな人種がいる、そんな本格ミステリのテンプレ。

 それぞれの視点から語られる事実を統合すると犯人がわかる新感覚ミステリー! というキャッチコピーがついているが、他視点で語られたものを最後に立ち聞き盗み聞きしてた謎解き役が全部まとめて謎を解くというのは、それこそよくある構成なので、あたかも新しいもののようにラッピングする出版社の「仕事」には疑問がなくもないですが、それはともかく、いかにもな本格ミステリを駅の立ち食いそばみたいにカジュアルに楽しめる作品になっていたと思います。

 動機の部分を突き抜けて、ラストに化物が生まれる西澤テイストもマイルドに回避しているように、全体的に食べやすい感じの本格ミステリに仕上げている一方、作中のミステリマニアの造詣は、多くの本格マニア系の著者が描くような純粋さみたいなのとは違って、現実とフィクションの区別があんまついていないウザ目のはしゃぐガキみたいな外側からの突き放した感があって、それはそれでこの作品の一つの大きな読み味となっていました。