蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ5

 そこそこミステリ読んでいたので、まとめて感想を書いて行こうかと。極力ネタバレは避けているつもりですが、どうなのかはわからないよ(え)。

 では、とりあえずザーッとした感じで。

 

早坂吝『四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニングー』

 AI探偵のシリーズ三作目。犯人AIの以相(いあ)による闇の犯罪オークションを感知し、それを落札した人物と以相を追い、四元館なる館へと潜入する位相(あい)と輔。そこには従姉を殺され復讐を願う少女と腹に一物も二物も抱えた親族たち。そして殺人が。AI探偵ならではの館ミステリが展開され、その真相は館トリックが持つ性質のある種の極北ともいえる驚愕のもの。人によっては怒るかもしれませんが、そのやったもん勝ちなインパクトは無二のものとして刻まれるでしょう。

 余談ですが、日本の館ミステリにおける館というのは、はっきり言うと歪であり、そもそもが輸入物的なもので、たびたび篠田真由美氏が批判しているように生活に根差したものではなく、どっちかというと謎解き物語を行うためのフィールドであり舞台装置にすぎません(だからこそ独自性をもって面白いというわけなのですが)。たぶん黒死館がその歪さの源流だと思っています。もっと言うと、黒死館が日本の館ミステリのカタチを決定づけたとするなら、それは、館のキャラ化なのではないかと。住む場所というよりはその奇矯なキャラクター性を発展させてきた日本の館、そんな日本の館ミステリのその流れの果てに生まれた本作は、だからこそ創作が持つ伝言ゲームの興味深さであると、私は思うのです。

 

鮎川哲也『憎悪の化石』

 こちらは再読。時刻表トリックは憶えていたけど、覚えていなかったアリバイトリックの方が凝っている感じ。どちらも凄い綱渡り感というか、すぐに揺らいでしまいそうな波紋の一瞬をとらえたような、そんな感覚。それは紙上のマジックのはかなさのようで、一見堅牢に見えれば見えるほど、霧散するアリバイは幻想性を帯びているような気がするのでした。

 

犬飼ねこそぎ『密室は御手の中』

 昔懐かしのザ・新本格な香りがする作品でした。信仰宗教団体によるクローズドサークル、密室殺人の連打、そして犯人の奇怪な論理による動機。メインの密室はどれも凝ったもので、おぞましいトリック、テクニカルなトリック、そして大掛かりなトリックとバラエティに富んでいます。歪な論理に従う犯人のキャラクターがいささか弱い気がしますが、全体的にはよく出来た本格ミステリです。こういうのが月一でノベルスで出てたらいいな~、みたいな。

 

綿世 景『遊川夕妃の実験手記 仮面じかけのエンドロール』

 これは設定や展開がなかなか面白かったです。相変わらず遊川さんのクズっぷりの被害を受ける和(なごみ)。前回から続く極貧状況の中、突如現れた謎の人物に二人は映画撮影という名目で仮面をつけてホテルに送り込まれます。そして、そこには同じように仮面をつけられた人物たちが集まっていた……。仮面の着用と偽名の使用が義務付けられた奇妙な空間。何かがおかしいその空間で、まもなく映画撮影ではなくデスゲームが始まってしまいます。「狼と羊ホテル」その名の通り全員が狼であり、羊となる死の空間と化したホテルからはたして遊川と和は脱出できるのか。

 全員が全員に対して殺人動機がある中、顔と名前をさらすと死につながる、だからこそ仮面をつける。本格ファンが喜びそうな仮面をつける、という要素がデスゲームと上手く結びついて、仮面を暴くことへのサスペンスが生まれている点がなかなか新鮮です。また、主人公たちに恨みを持つものが潜んでいるというサスペンスも生まれていてこの設定自体に感心しました。

 それから、前回とはまた違ったカットバックによる二点同時展開がうまく機能していて、今回は遊川たちに助けられた今日子さんが活躍します。和(なごみ)が恨まれることになる過去を探るために彼女が彼の故郷に赴き、その不気味な故郷で過去の密室殺人に遭遇する展開も面白い。

 人物も含めて、色々歪なんですけど、前回もそうなんですが、それでも著者はなんというかある種の人間賛歌のような感動の方に収斂させようとしていて、それが一応のところ全体的に危ういバランス感で成立している。そんな歪さを個人的には偏愛しているというか。そんなわけで、今年の個人的本格ランキングのベスト・ファイブには入れたい偏愛作品です。去年の『世界樹の棺』に近い偏愛度かも。

 

古野まほろ『終末少女~AXIA girls~』

 めちゃくちゃ久しぶりに読んだ気がします、古野まほろ作品。

 作品の外側の著者のふるまいも含めて苦手な人は苦手でしょうが、この作品自体は、従来の文体への過剰な思い入れみたいなのは控えめに、また、アニメや先行する本格ミステリへのパロディや言及もほぼないので、苦手な人でも比較的入りやすくなっていると思います。作品構造も天使の中に入りこんだ悪魔は誰か? という人狼ゲームで分かりやすいですし、文章も洗練されて、天使がかたどる少女たちの、陽光輝く孤島の中で対面する世界の終末を淡々と描き出しています。

 外面的には日本の女子高生たちが廃校で終末を迎える邦画の中に、『遊星からの物体X』を放り込んだ感じ。物体Xならぬ悪魔の特徴を条件にした特殊設定推理が展開されます。著者こだわりのロジックが丁寧に展開され、また、なによりラストの美しさが鮮烈で、終末の中のまばゆい光が、読む者に刻まれるはずです。

 

西澤保彦『幻想即興曲 響季姉妹探偵 ショパン篇』

 響季姉妹とタイトルに出ていますが、あくまで彼女たちは過去の事件を解く探偵役で、メインは彼女たちが解く四十年前の事件の人々。特に、それを小説化することになる少女――どこかぼんやりした彼女が、事件の渦中にいた二人の女性によって変えられていく物語がメイン。なんというか、二〇一二年の作品ですが、近年読んだ中では一番“百合ミステリ”してたと思うので、いわゆる“百合ミス”的にもおススメ。もちろんミステリもさすが西澤印で、事件の前提がひっくり返るそうきたか感はなかなかです。

 ミステリも水準以上ですし、何より二人の女性とかつて少女だった女性による愛の話としても楽しめると思います。個人的なおススメですね。

 

 いやー、ほんとスゴイ。今村昌弘はとにかく、エンタメが上手いんですよ。その強いエンタメ力の下でこれまた強いミステリ力でぶん殴ってくるので、お前がナンバーワンだって感じで終了です。たぶん個人的には今年の本格ミステリベスト1でいいかな、と。今のところ、本格ミステリをベストセラーに出来る作家の筆頭でしょう。ミステリに殉じる、みたいなタイプもいいですが、こういうとにかく楽しませようとするタイプは、やっぱり本格の読者人口を広げるうえで大切だと思います。これからも著者には頑張って欲しい。

 今回は廃墟をテーマにした遊園地の中にある館がクローズドサークルの舞台。そして特殊設定の怪異はフランケンシュタインをテーマにしたような殺戮の怪物で、その容赦なく襲い掛かる殺戮の嵐をかいくぐりながら、剣崎や葉村はその中で起きる怪物以外による殺人を探ります。また、今回はカットバックの構成が採られていて、怪物の過去と班目機関によるの実験をチラ見せしながら展開されていきます。

 今回のクローズドサークルになる理由も凝っていて、閉じ込められた側が怪物を外に解き放たないようにするために自ら閉じこもるというタイプ。外では通常通り遊園地は営業されているので、薄い皮膜越しに日常と強烈な非日常が存在している感もなかなかいいです。そして、名探偵を積極的に動けなくさせるため、剣崎を館の中の怪物が潜む領域に隔離させて、葉村たちが潜む区画と窓越しに対話させるという分断が巧いです。そしてこの、怪物の潜む区画にいる剣崎は何故襲われないのか、という理由が泣かせるというか、怪物の正体と密接に絡んでいる点が個人的にはポイント高いです。

 作品全体としては、密室や不可能犯罪みたいな強い謎を中心にしているわけではないのですが、怪物を強烈な目くらましにして単純ながらも特殊設定に準じた解法に気づきにくくしているのが巧いです。単純ながらも鮮やかでよかった。また、怪物の正体やその性質を使った脱出のギミックなども複合的に絡み、謎解きと物語の両面でドライブ感を出していて、ほんと、読んでて楽しいのは一番でした。

 最後、終末の廃園みたいな光景の中、探偵と助手がようやく手を取って再開する、みたいな絵的なシーンも良いんですよ。ただ、それだけに、最後の最後に次回に続く! みたいな変なサプライズが個人的に大いにいらなかったです。屍人荘のあの人物どうなった? ていうのは確かにありましたけど、今出てこなくていいだろう。あとやっぱり、漫画連載みたいに引っ張らなくていいから一応終わった感じの余韻に浸らせて欲しかったです。班目機関がらみで続くのは分かっているんだから。

 

  これはなかなかの掘り出し物なミステリです。事件が起こると現場をクローズドサークルにしてしまう体質(!)を持った少年とそんなクローズドサークルの現場で出会った謎解き少女による連作短篇。袋小路くんの体質によるクローズドサークルというのは、本当に閉鎖空間にしてしまう能力で、おまけに事件が解決しない限り、出られません。そんな強制クローズドサークル能力を体質という理由づけで片づけてしまうユーモアにふったキャラ文芸ミステリなのかと思いきや、その特殊設定を話数ごとに使いこなした特殊設定ミステリの快作になっています。意外とシビアでシリアスな結末が待っていますので、このキャラたちとずっと見てたいな~みたいな向きには厳しいかもしれませんが、とてもよく出来たミステリなので、本格好きにおススメしたいです。今年のベストに入れてもいいくらい個人的にはヒットな作品でした。