蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

山前 譲 編『真夜中の密室』

 

 

 昭和30年代から昭和60年代にかけて発表された8作をまとめたアンソロジー。メンツは山村美紗高木彬光、中町信、泡坂妻夫大谷羊太郎天城一、島田一男、鮎川哲也で、個人的に面白い感じの集まりというか、社会派台頭時代にも本格を書き継いでいたメンツという感じ。天城、鮎川の物はそれぞれの短編集で読んでいた。

 密室殺人というファンタジーをどのようにして現代的な舞台と結びつけるかも含めて、それぞれの取り組みがみられるのも本書の楽しみかもしれない。

 それでは、以下各編の感想。

 

山村美紗『呪われた密室』

 トップバッターは、和風密室『花の棺』が代表的な密室長編として知られた著者による、雨戸と差し込み錠の付いたふすまの密室という、これまた和風な密室。とある老舗旅館の「水仙の間」で、連続して自殺事件が発生し、たちまち縁起の悪い部屋として有名になってしまう。アメリカの自動車メーカーの社長令嬢にして、しばしば探偵として活躍するキャサリンは、その「呪いの部屋」に興味を持ち、首を突っ込んでいく……という内容。

 トリックはシンプルだけど、処理は結構うまいし、何故そのような事件を犯人は仕組んだのか、というところに即物的な理由を持たせているのは、社会派的なエッセンスにもなっている。終わりの一文がなんか好き。

 

高木彬光『影の男』

 会社社長の臨終の場面から始まる本作、その周りにいるのは、会社の重役たちというシチュエーションは、「犬神家」会社バージョンな趣。そしてそのまさに事切れる寸前に起きた密室殺人。被害者は社長の息子である専務だった。その後、今度は会社内で渉外関係の常務が殺されてしまう。

 高木彬光といえば、いわずと知れた名探偵神津恭介が有名だが、近松茂道という検事が活躍するシリーズも書いていて、本作はその近松物の短編となる。まあ、神津物の「妖婦の宿」や「影なき女」なんかと比べると、基礎的なトリックを並べただけのような作品で、そこまで特徴的な作品ではないけど、割と後味のいい短編。

 

中町信『動く密室』

 事件は教習所に通う女性が、林の中で殺害されていることから始まる。死亡推定時刻が教習を受けていた時間と重なり、その時間に被害者を受け持っていた、教習所の嫌われ教官――赤ブタの牛島――に容疑がかかるが、彼は教習所内の車の中で死体で発見されてしまう。果たして彼の死は殺人を後悔しての自殺か、それとも他殺か。

 タイトルに示唆された動く密室とは、自動車の密室であり、壁とギリギリまで寄せられた隣の車で形成されるシンプルながらも不可能興味をそそる状況。トリックもなかなか悪くない。密室に焦点を当てつつ、その他の状況の細かい不可解さを演出していく手つきもいい。

 

泡坂妻夫『ナチ式健脳法』

 何やら剣呑なタイトルっぽく見えるが、内実は被害者の作曲家ナチ和穂による健脳法というやつで、これがまあ、事件の謎を解くカギになるのだが……。

 事件自体は作曲家が離れのスタジオで服毒死した事件。そして事件当時、雪が降ったのだが、不可解なことに被害者がスタジオと母屋を行き来した足跡が、帰りのはずの足跡に行きの足跡が重なる、というあべこべ状態で、これが事件を紛糾させることになる。

 解決はシンプルだけど、とぼけた空気感のキャラクターたち含めて、著者らしい味付けがされていて、不可能犯罪というファンタジックなモノを包む語り口としては、一番洗練されているのかもしれないと思ったりした。

 

大谷羊太郎『北の聖夜殺人事件』

 大谷羊太郎といえば、芸能界を舞台にしたミステリを得意にしていて、今回も芸能界――その底辺でなんとか過ごしているバンドマンを中心にした人物たちの中で起きた事件を描いている。

 芸能人の生活習慣に合わせた、いわば芸能人専門の宿というシチュエーションが時代を感じさせつつも面白い。そこの一室で女性が殺されるわけだが、その部屋が密室というわけではなく、被害者の持ち物が他の鍵が掛かっていたはずの三部屋の中で見つかるという、逆密室的な変則パターンが面白い。ある種の先入観に基づく事件の構図など、なかなか悪くない形に仕上がっている。

 

天城一『むだ騒ぎ』

 犯人ではなく、被害者がその時間その部屋に入れたはずがない、というアリバイ――時間の密室が問題となる一作。トリックはまあ、そうなんだろうな、と納得するしかないが、天城一流の乾いた文体とスピード感、そしてタイトル回収をすることでどこか宙ぶらりんになる事件の後味と著者らしさに彩られた一編。

 

島田一男『渋柿事件』

 アパートの一室で青酸カリを飲んで死んでいた女性。現場は密室状態で、合いカギを持っていた交際相手は確固としたアリバイがあり、事件は自殺だと思われたが、老部長刑事は現場の不審な点からこれを殺人だと考える。

 掛け布団の不審な点から、捜査によって次々と不可解な点が出てくると、あっという間に解決に至るスピード感がなかなか爽快。単純なトリックだけど、タイトルにもある渋柿がきっちり手掛かりになる点など、悪くない。

 

鮎川哲也『妖塔記』

 トリを飾るのは鮎川哲也による、鬼貫警部と並ぶ星影龍三シリーズの一編。

 舞台は戦時中。いわくつきの宝石を持つインド人からそれを取り上げようと画策する友人に付き合うことになってしまった語り手。インド人をさらい、廃屋の塔で脅迫するもインド人は宝石を飲み込んでしまう。怒った友人はインド人を、エレベーターとして使われていた木箱に猿轡をしたまま押し込めて釣り上げるのだが、しばらくすると手足を縛ったはずなのに木箱からはコツコツという音が。木箱を下ろして中を確認したところ、インド人は箱の中から消えていた……。

 いかにもな道具立てで、結構強引な持って行き方だけど、なかなかワクワクするような謎づくり。そして、それをあっけなく解体する名探偵による推理が楽しめる。謎解き自体はそこまで緻密ではないが、雰囲気は一番、本格推理な感じはするかもしれない。

 

 以上八篇、どれもベスト級という感じではないかもだが、それぞれ作家の個性が出ていて、サクサク楽しめるアンソロジーになっていると思う。