蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ6

 読んで感想がなかなか書けないわけで、結構たまっていた感想をなんとかまとめてがさっと。そもそもがテーマだ切り口だと気を張るから書けなくなるわけで、そんなの気にせずにとりあえず思ったこと短く書けばいいとは思う。

 

『模倣の殺意』

 中町信のデビュー作。『新人賞殺人事件』という題名に改題されていたが、東京創元社創元推理文庫で、元の題名で復刊し、以降の著者の復刊タイトルが他社でも「~の殺意」と統一されるくらい爆発的なヒットとなった。遅れてきたベストセラーともいうべき作品。ようやく自分も読んでみた。ちなみに初中町信である。

 酒井正夫という男の死を探る二人の男女から物語は始まり、やがてタイトルの意味が浮かび上がるとともに、発動するトリック。それが三十年余りを経て広範囲の読者を掴むという時間差トリックみたいな展開になるとは。こういう作品が埋もれていたという事実を含めて奇妙な感慨だ。すれた本格読者は、トリックについてなんとなく察する可能性は高いが、某館シリーズではあんまり効果的じゃなかったそのネタは、この作品ではかなり上手く使われていて、先駆としての貫禄を見せてくれている。

 これ以降の復刊タイトルが「~の殺意」と、本作のヒットにあやかって、いささか無遠慮に創元以外からも改題されていることについて、ファンからはかなり嫌がる向きもある。個人的には、ほとんど初出タイトルに親しんでないことと、一見して元タイトルがそんなに魅力的でもないので、後発組としては統一タイトルで分かりやすく、収集意欲も出たりしてありがたかったりはする。また、本作に関しては、『新人賞殺人事件』よりも『模倣の殺意』という元タイトルへの改題がかなりしっくりくることは確かだ。

 あと、この作品、描かれてあるものなど、確かに時代を感じるもので彩られてはいるのだが、そこまで不思議と古さを感じない。登場人物の時代がかったドラマよりも謎解き第一な感じが、ある種の普遍性を持たせているのかもしれない。

 時代がかった抒情性って意外と色あせるの早いんじゃないのかな、という気はする。

 

 ミステリにつきまとう「必然性」その一番の標的になりやすいものが密室殺人というやつだ。なぜ密室殺人を行うのか、という「必然性」からの詰問に「どうやってやったのか証明できなければ罪を問えないから」という、アリバイ――不在証明ならぬ不解証明、という苦し紛れの代表みたいな回答があった。それは「必然性」の前にはいささか無力に過ぎた。しかし、昨今の特殊設定というブームが不解証明が支配する「異世界」を許容する下地を作った。解かれない限り、その犯罪は罪に問えないという不解証明が法的根拠を持つ世界。そこは、密室殺人が蔓延する世界となった。

 一方で流行の特殊設定とは違い、超自然的なルールではなく、積極的に罪を回避するための密室殺人という大枠の世界そのものの設定だけがあり、その中で展開されるトリックは超自然的な要素が介在しない従来的なミステリなのだ。

 密室殺人につきまとう「必然性」というくびきを外し、思い切り著者のやりたいように密室殺人を展開しまくる、そんな密室ファンには見逃せない一作。機械的な密室が多いので好き嫌いは分かれそうだが、とにかく著者の密室にかける情熱がすさまじい。質もなかなか高く、細かな必然性を度外視した面白い密室トリックが散りばめられている。まあ、まだどことなく、チマチマ感があったりしなくもないので、まだこの世界設定で続きそうだし、よりスケールの大きな密室殺人のための密室殺人を期待したい。

 

 特殊設定の新たな旗手の第三作。今回はVRを用いた、様々な仕掛けやロジックがふんだんに盛り込まれていて、犯人の目的のスケールとかも含めかなり盛りだくさん。最後の最後まで仕掛けを仕込んだ贅沢な一品となっている。また、デスゲーム仕様により、要所要所で推理で犯人と闘い、危機を潜り抜けるというバトル的な緊張感があるのも特徴だ。推理や手がかりの切れ味で言うと前作の方に軍配を上げるけど、トリックやそれに類する仕掛けの多彩さはこちらだろう。メインのリアルとヴァーチャルを重ね合わせたようなトリックはかなり見事。今年のトリックの最右翼と言えるかもしれない。

 

 死者をよみがえらせる技術を持つ人間たちが存在するという特殊設定を用いたミステリで、殺された少女がその儀式前に死体の目や喉をつぶされるという“二度殺された”死体の謎がメインとなる。とはいえ、なぜ再び殺されたかについては、特に謎というわけではなく、そうせざるを得ないことは設定上の前提みたいなものだ。また、特殊設定的になんとなく真相は分かりやすいところはある。そういう意味では、もう少しミスディレクトとかあった方がよかったかもしれないが、特殊設定によってなかなかグロテスクな関係性や真相が形成されていて、そのあたりは良かった。