蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

西澤保彦『幻視時代』

 

 

 西澤保彦の真骨頂といえば、その意外な構図を明らかにする論理性、そして本書の解説で大矢博子氏が述べているように、動機ということになる。特に、西澤作品の動機は、犯人を始めとした人間の負の側面を色濃く投影することが多く、後味の悪さを超えたインパクトを与えることも多い。今作の場合は、それほど邪悪な動機が介在しているわけではないが、ちょっとした偶然や魔が差した行動によって生まれた動機は、終盤に至り、絶叫を幻聴するような形で読むものに刻まれるだろう。

 また、本書はメインの謎として、写真が撮られていた時点で四年前に亡くなっていた同級生の少女が写りこんでいたという、なかなか不可能興味な謎が提示されるが、実のところ、その謎自体の不可能性に力点はない。なぜ、そのような状況が生じたいのか、という“動機”の謎こそがメインとなる。

 一方、物語のメインどころは提示されたミステリ的な少女の死から22年前の文芸部での主人公の日々だ。彼は亡き母の同人活動を通じて入ってみた文芸部で創作を試みるも、機関誌に掲載するための作品に苦慮し、母の未発表原稿に手を付けてしまう。そんな文芸部を舞台にした主人公の苦い青春ストーリーがメインで、ミステリらしい事件が次々起こるようなプロットではないのだが、後半の謎解き部に至り、このメイン部分に仕込まれた伏線が二転三転する当事者の心理と推理を支えつつ、動機の謎へと収束する手際は著者らしい職人技を見せてくれる。

 本作は西澤作品の中にあって、ゴリゴリのロジックで押してくる作品ではないかもしれないが、主人公とその文芸活動における盗作の葛藤をコアにした青春ものとして、そして動機を探っていくミステリとして、なかなか印象深い作品となっている。