蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

それは一つの風景:映画『秒速五センチメートル』

秒速5センチメートル

 

 なんか久しぶりに観ようかな、と思い立って観たので感想を書いた。

 『秒速五センチメートル』といえば、今は宮崎駿に続く「国民的」なアニメ作家としての地位を確立しつつある新海誠による第三作。全体が三つの章立てになっていて、「桜花抄」、「コスモナウト」、「秒速5センチメートル」とそれぞれが短編的に展開されつつの連作構成を成す。

 私は監督の第一作『ほしのこえ』の衝撃を、衝撃として受けたリアルタイムな世代ではなかったが、この作品は新海誠と言えば、という作品として長らく認識していたし、アニメ好きの間でも新海誠を唯一無二のアニメ作家とする、そのメルクマールとして扱われていたのは間違いない。『君の名は。』が公開される前は、新海誠といえばこの作品だったし、たぶん今でも彼の最高傑作として挙げる人は少なくないだろう。ただ、最高傑作と推す人たちの一部はこの作品に新海誠の作家性が色濃く反映され、商業的な大衆性を獲得する以前の、純粋な作家性がむき出しになっている、みたいなことを言うが、まあ、それは単に作家性を矮小化し、「それが理解できる私」という狭隘なな占有欲でしかないだろうなと思う。

 それはともかく、『ほしのこえ』から現れていたか監督の特質を一つのピークにまで高め、いま観ても色あせない魅力を放っている作品なのは間違いない。

 そして、この作品は新海監督が”風景”の作家であるということを明確に刻印するものとなっている。この作品のメインは人物たちというよりも、無人の風景と人物たちがオブジェのように存在する風景に他ならない。正直この映画、アップで映る人物たちの絵にはそれほど魅力はない。まあまあきれいな人形みたいな感じで、人物だけでは到底映画を支えられていないし、彼らは表情も乏しい(第二章コスモナウトにおける澄田花苗はある程度例外だが)。キャラクターの分りやすい喜怒哀楽や動きで物語を語るようなタイプというよりは、登場人物の感情を風景とモノローグでとらえようとするタイプなのだ。だからこそ、それはミュージックビデオ的な演出に行き、ラストの「One more time one more chance」は今でも秒速と言えばこれ、と語り草になるくらいの印象深い映像と音楽、そして歌詞が一体化したシーンであり、その後の新海作品と言えばの要素の一つを確立したと言っていいだろう。

 それはともかく、個人的にはやっぱ一番最初の「桜花抄」の映像がすごくイイ。会いに行けるんだろうか、という不安と孤独が電車の車内や構内、そして吹雪によって描かれ、ちっぽけな子供にすぎない自分と茫漠な世界への畏れのような思春期の感覚をこれほど鮮烈に描いた映像があっただろうか。しかし、まあ、こういう経験をしちゃうとある意味”呪縛”されてしまうのはしょうがない気はする。彼女、というよりも彼女との強烈な思い出に主人公は「運命」を見出してしまうのだ。「コスモナウト」の冒頭、妙にファンタジックで全体から浮きまくったシーンがあるのだが、そこですでに彼女と主人公がファンタジックな「運命」の象徴と化している、ということなのだろう。

「コスモナウト」は主人公に恋心を抱く女の子視点で描かれ、作品中では人物の感情の揺れを表情で追っているシーンが多い一編で、風景の力は前と後には一歩譲る感はあるけど、サーフィンのシーンとか良いし、種子島を舞台にしていて、ロケットが道路を輸送されていくシーンは非日常感があって、スゲー好き。ああいう、夜とかに重機に遭遇する感覚はなんか好きなんよね。

 そして最後の「秒速センチメートル」もとい「One more time one more chance」のPV。なんというか、個人的にはこのラストについてはある種の爽快感みたいなのがあって、ずっととらわれていたものに、ある種の踏ん切りがつく――その瞬間、新しい始まりが訪れたようでもあり、それは後続の『君の名は。』でテーマ的に雪辱を晴らされるものとかではなくて、同じような清々しさがあるんじゃないかと、そんな風に思うのでした。しかし、表情で終わった『君の名は。』とは違い、最後まで人物を「風景」として描き、かつてあった鮮烈なものの、その終わりの風景は、この作品独自の魅力として観るものに残り続けるのだと思います。

 それにしても今回観なおして、やっぱ凄い作品だわ、という気分になりましたね。いまでも映像に見入る感じで、その光の質感が映し出す風景は唯一無二なものがあるな、と。そういえば、なんか実写映画化するらしいのだけど、実写になるとやはり人間にフォーカスするだろうし、人間の表情の演技主体になったりすると、それはもう「風景」の映画としての魅力ではない方向に行きそうだけど、どうなんでしょうかね。まあ、そこまで実写には興味はないんだけど。