蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ7

読了ミステリがたまっていたので、まとめて感想。だいぶ昔に読んだやつとか、書かないとどんどん忘れていくので、結構あいまいになっている。なるべくネガ評は避けたいが、合わないところは合わないという風に書いている。

 中心となる聖フランチェスコだが、ベネディクトのように、すでに聖人として神聖を帯びた人物としてとらえる一方で、生前のフランチェスコを知る人間たちもまだ生きていて、生身の人物像とアイコンと化した人物像が混交している時代のチョイスが面白い。物語は、奇跡なるものに触れると卒倒してしまうベネディクト(聖人と同名の貴族出身の青年修道士)が、身元不明の聖遺物の調査を命じられるところから始まる。命じられた先で出会う、聖職者でありながら聖遺物を売り買いしている男、ピエトロに反発しながらも、彼の人柄と論理性を帯びた言葉にひかれながら、ベネディクトはやがて消えた聖フランチェスコの遺体、そしてフランチェスコ大聖堂に眠る謎に挑むことになる。

 とても面白い歴史ミステリ。『薔薇の名前』的な雰囲気だが、こちらは結構読み易いと思う。人物も魅力的で、特に聖と俗の間を飛び回るトリックスターのようなピエトロの造形は秀逸だ。また、修道院の中以外をほとんど知らない“箱入り”修道士のベネディクトの成長譚としても楽しめる。ミステリとしては、ある人物の「思い」によって形成された動機の謎が面白い。よくできた宗教ミステリにして主人公ベネディクトの成長をたどる教養小説という感じでおススメ。

 

 骨董という、生き馬の目を抜く海千山千がうごめく世界。そこで自らの油断から、偽物を掴まされる「目利き殺し」を仕掛けられた宇佐見陶子。プライドを傷つけられた復讐として、相手に「目利き殺し」をこちらからも仕掛けようと画策するが、仕掛けを打っていくさなか、その相手の部下が殺されてしまう。おまけに容疑者になってしまった陶子は、身に降りかかった殺人事件の謎も解かなければならなくなる。コンゲーム、ハードボイルド、そして本格ミステリが混然一体となった一作。途中まではコンゲームというか、贋作づくりとそれを掴ませる仕掛けメインになり、殺人事件はどうかかわるのか判然としない。しかし、ある一点から両者が結びつき、事件の謎が解けるさまは、なかなか魔術的な感興がある。

 陶子のボロボロになりながら突き進むさまも読みどころ。この満身創痍で事件を解決する感じは、若竹七海のハードボイルド探偵、葉村晶を思わせるところがあって、葉村シリーズ好きも読んでみるといいかもしれない。

 

 これはめちゃいいロジックミステリ。振り返った時に思い至る手がかりの置き方と、それを拾いながら驚きを感じさせる展開がロジックミステリの命だと思うが、それがかなり上手くできていると思う。ミスリードも上手い。全体構図がくっきりとして、手がかりによって意外性を伴う論理展開はとても好みだ。自分としては、語り手の探偵役に対する妙にぐいぐい来るやり取りをはじめ、キャラクター全体にただよう全体的にベタベタしたちょっかいのかけ方とか、人物周りの苦手感はすごかったけど、ミステリの構築度は今年の新作の中では、くっきりとした形でとてもよかったと思う。今のところ自分的にはこの作品がイチ押しな感じではある。

 

 著者の抽斗の広さを感じさせ、様々なシチュエーションの実験的な作品が楽しめる短編集。特に、「二〇二一年度入試という題の推理小説」が素晴らしく、“犯人当て”が試験問題になってしまったことによる、何とも言えない悲喜劇を中心に、犯人当てへの愛憎めいたものが込められた一作。あとがきでも述べられているように、誰かが書いた文章のプリコラージュでできていて、その構成もまた楽しさの一端を担っている。特に受験とミステリに狂わされていくA君の悲劇がブラックな可笑しみをたたえていてイイ。

 試験問題ということで、解答合わせなあれこれが多重解決みたいな構成になり、シチュエーションと重なっていて面白いし、ブログに書かれる推理とかも現代的な新鮮さがあった。著者の言うように、犯人当てのパロディみたいな側面が強いが、内容もきちんと犯人当ての楽しみを盛り込んである。その他も、阿津川式ハードボイルド風本格、駆け引きと読み合いの入れ子構造無限地獄、学生プロレスのマスクマンたちが殺人事件に挑んだりと、趣向を凝らした作品が収められている。

 

 自分としては、あんま合わなかったというか、なんかあんまりにも登場人物たちで盛り上がっていて、読者の自分は蚊帳の外感がすごかった。ミステリなガジェットは大量に投下されているけど、その一つ一つも自分としてはあまりピンとこないことが多かった。推理が突拍子もないことを言う合戦みたいなのは、あんま好みじゃないというのもある。

 まあ、他人の中二センスになじめなかったということでもあるのかも。武器の名前とか(てか、それ必要なのだろうか)、正直今の自分には羞恥心で死にたくなる。まあ、作家たるもの、そういうのを臆面もなくできなくてはならないのかもしれないが……それにしても。

 

 序盤の小学生たちの青春物語が、思ったよりもしっかり書き込まれていて、ひと夏の大切な思い出と悲劇、そして謎というつかみは良いし、ここでの密室トリックはシンプルながらもよくできていると思う。そして時を経て、夏休みに再会する少年少女という甘酸っぱさが、廃校で殺人というシチュエーションでどうなっちゃうのかワクワク、みたいな。好きな人は好きそうな、殺人と恋でドキドキ物語だが、著者の青春ミステリは『夕暮れ密室』とかにもあるように、どこかノスタルジックな青春に唐突に生々しいものが放り込まれる。この作品も終盤、それがさく裂して主人公ともども読者を唖然とさせるわけだが、その後の展開に結構、読者の反応は分かれているように見受けられる。日和ったとみるか、ある種の救済というか二度読みしてニヤニヤできるものと受け取るか。自分としては、唖然とさせたままの置いてけぼり感だったら麻耶雄嵩的でインパクトを刻んだかもしれないなあ、という思いはある。それに拒否反応を示す読者もいるだろうし、なんか難しい。

 タイトルがなんかイマイチ物語とリンクしてないとか、風博士を自称する大学院生ってなんなんだ、という部分もあるが、概ね楽しめたと思う。あ、意外な犯人の仕掛けはちょっと上手くいっていないかも。このタイプは書き方が難しい。

 やりたいことはかなり凝ってるし、登場人物や読者への悪意が爆発したような仕掛けは、仕掛けとしては面白い。けど、なんかニッチな本格ミステリ読者に悪意を向けたって……というか、もっとスケールのでかい、人間そのものへの悪意とか、北山猛邦ならやってくれそうな気がするけど。まあ、超然とお伽噺的な終末風景を描きながら、実のところ割と人間的な読者へのムカつきをため込んでいたのかもしれない、というのは結構、新鮮ではあったけど。

 密室トリックは著者の得意な機械的なトリックが十分炸裂しているし、最後の足跡のない準密室殺人のトリックとか、かなり好きだ。最後の犯人についてのトリックは、あの有名新本格作のテイストを狙っているのは分かるし、それに近い達成にはなっているけど、仕掛け自体がパッとは飲み込みづらくて、衝撃性よりもその複雑さに頭が行ってしまう気がした。