久しぶりに再読。エラリー・クイーンによる十二か月のそれぞれに事件を割り当てた『犯罪カレンダー』に倣い、十二の星座とそれにまつわる神話をモチーフとした十二のミステリ――その前半の六作をまとめたもの。やはり、法月綸太郎は短編ミステリが巧い。ちょっと微妙な作品がないわけじゃないけど、どれもモチーフのすり合わせなど、かなり凝ったものとなっている。
※以下各感想。ネタバレはさけて書いているつもり。
「ギリシャ羊の秘密」
なぜそのホームレスは殺されたのか――名前に関する一発ネタ過ぎて、これを最初に据えるのはどうなんだ……と思わなくはない。初めて読む場合は、ここで読むのをやめないでほしい。マジで。 連作のフォーマットや登場人物に慣れる感じのあくまで“ならし”のような短編だ。
「六人の女王の問題」
いわゆる暗号解読もの。かなり凝った暗号で、その凝りぶりが楽しい一編。そして、さり気にばらまかれた伏線が真相とともに集まってくる感覚も楽しめる。なぜ暗号を残したのか、というのが一人の人間の性質を浮き彫りにする伏線なども見どころ。しかし、妙な連載企画の詳細とか、いちいちしちめんどくさいディテールが楽しい。
「ゼウスの息子たち」
カンヅメに処された綸太郎が向かったリゾートホテルのオーナー夫妻。彼らはかつて二組の双子同士が結婚し、その中の一組が新婚旅行中に行方不明になるという過去があった……。
これは、なかなかすごいというか、法月お得意の入れ替わりテーマだが、二組の双子という要素をどう料理するのか……これは巧いなあ。もうなんというか、足を踏み入れた瞬間から展開されている詐術の領域が見事なんですよね。
「ヒュドラ第十の首」
荒らされた被害者の自宅に残されていた奇妙な五枚のゴム手袋から導き出した要素による消去法も見事だが、最後の手がかりがまた見事というか、手がかりかつ目くらましにもなっている点がめちゃ巧い。物語もなかなか元のギリシャ神話とリンクした構成が見事。
「鏡の中のライオン」
この作品はちょっと、モチーフに寄り掛かかりすぎか。犯人を導き出す部分がちょっと知識問題になっていてまた、犯人を取り出す手つきも※以下ネタバレ(先行作とかぶっているのもあまりよろしくない)。唐突感も否めない。とはいえ、真相とともに浮かび上がる被害者のキャラクターはなかなか印象に残る。
「冥府に囚われた娘」
都市伝説を再現したような水中毒の女子大生に続き、彼女の先輩が熱中症で死んでいるのが見つかるという奇妙な事件がなかなか魅力的だ。著者によると、思い切り変な話を書こうとしたらしいのだが、どっちかというと法月らしい要素が詰まっている。なにより、その事件の悲劇性と“操り”において。というか、この短編はそのどこか犯人や関係者に降りかかる悲劇の形こそが印象に残る。そしてその悲劇は、登場人物を詳細に描くという、言ってみれば「文学的」なアプローチではなく、事件とそこに配置された人間たちによって、生まれてしまった悲劇。それは、このモチーフとなっているギリシャ悲劇的な「神話的」アプローチだ。そして、事件の中に配置することによって描き出すそれこそが、「人間を描かない(あえてこのバカげたフレーズを使っている)」本格ミステリが描き得る悲劇の形なのではないか……というのもなんだかバカげた物言いか。
まあ、とはいえ、本格ミステリが描き得る事件に配置された人間が生み出してしまう悲劇の形は、とても印象深い。