Impression
泡坂妻夫の2005年に刊行された最晩年期の短編集。泡坂ファンというか、濃いめのミステリファンには物足りないと言われているっぽいけど、軽く手に取れるように見えて、きちんとした職人技が織り込まれた短編たちだ。4編のミステリと奇術、そして著者の家業だった紋章上絵師を主題とした奇縁なストーリーの小品3篇で構成され、チョコのアソートのようなバラエティーと気軽さで楽しめました。
※一応、全部ネタバレなしのつもりで書いてます
「雪の絵画教室」
いわゆる雪密室な事件が描かれる。なかなかトリッキーなトリックだが、スポーツ万能で押し通すお茶目な部分もありつつ、テレビの向こうの残虐性とか著者特有の温度差のある筆致が楽しめる。ちょっと粗さは感じるものの、泡坂本格の味わいがしみてていい。
「えへんの守」
これは、非ミステリな話だが、著者の小説の巧さを堪能できる一編。語り手のもとに持ち込まれた反物の物語と、彼が遭遇する古のカップとボウルの奇術――品玉を操る男とがふとした形で結ばれ、語り手と読者にしか見えない形で郷愁を帯びた物語がにじみ出てくる、その筆致こそが魔術的で恐ろしく巧い。
「念力時計」
奇術の道具コレクターの死と、彼についての思い出話から出てきた念力時計という道具を、遺品として引き取った語り手に降りかかる怪奇な話。ほんとに奇術ネタのちょっとした話という感じで、箸休め的な作品。奇術探偵 曾我佳城の登場人物が出てくるサービスもある。
「蚊取湖殺人事件」
ミステリーズに犯人当て小説として掲載され、問題編と回答編に分かれている。とぼけた人物たちのやり取りとそのオチとか、亜愛一郎の短編を思わせる一編で、ミステリとしてもトリック・ロジックともに凝っていて手がかりも含め、犯人当てらしいパズラーになっている。さらっとした巧さがある。
「銀の靴殺人事件」
少女歌劇ショウで起きた殺人を、客席に飛んできた靴から真相を暴く。この作品もさらっとしつつもミステリらしいトリックが巧く馴染んでいるし、シンプルながらも好いミステリに仕上がっている。あと、事件とは関係ないが歌劇の内容が妙に投げやりでコミカルなのも楽しい。
「秘宝館の秘密」
ひなびた宿に泊まっていた男女が、崖から身投げして心中したと思いきや、女性が宿の二階で撲殺されているのが発見される。確かに宿から崖に続く足跡は二人とみられる二つのものが雪の上に残されていたのだが、女性は飛び降りてから空でも飛んだというのだろうか……という魅力的な謎と、怪しい秘宝館に銀行からの現金強奪が絡んで、より楽しいミステリとなっている。いつも怪しい怪しい言っている宿の主人と語り手の夫婦のコンビも楽しい。雪の足跡トリックはシンプル過ぎてすぐわかるかもしれないけど、わかっても楽しいのが好いミステリなのだ。
「紋の神様」
著者のもう一つの顔であった紋章上絵師という職人の世界を垣間見る一編。ちょっとした奇譚というか、めぐりあわせに“紋の神様”を感じるという小話みたいなものだが、この短編集の締めくくりにはちょうどいい。チョコレートを楽しんで、最後にお茶を一服した気分になれる。
さらっとした軽業の中に、職人の巧さが光る、好い短編集でした。ごちそうさまです。