蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

東川篤哉『中途半端な密室』

中途半端な密室 (光文社文庫)

 

 かつて光文社で本格推理短編を公募し、鮎川哲也が選者となって選ばれた作品をまとめた『本格推理』という文庫シリーズがあり、後に二階堂黎人が選者を引き継いだ『新・本格推理』と続いた。このシリーズには、東川篤哉の他にものちにデビューする作家たちがかなりの数投稿しており、実際、収録作のレベルはなかなか高い。

 本作は、それらに採用された作品+長編での本格デビュー後に雑誌「ジャーロ」に掲載された「有馬記念の冒険」を加えた五編が収録されている。

 東川ミステリ特有のユーモアというか、とぼけた味わいのキャラクターによる会話劇はすでに確立されている感があるが、ギャグの中に伏線を仕込んだりするテクニックはまだ形になっていない。なので、内容的にはわりと端正な雰囲気の正攻法ミステリだったりする。それでは、以下各感想。

「中途半端な密室」

 一般の読者に初めて現れた実質的なデビュー作と言っていい本作だが、すでにミステリ作家としての巧さが確立されている。まず不可解な密室状況が提出され、それを検討するなかで、密室の特徴があぶりだされていく。それをある視点から一気に真相を組み立てるパーツに変えていく手つきやそれと同時に浮かび上がる思わぬつながりなど、ミステリの魅力が十分表現された一作になっている。

「南の島の殺人」

 あれこれと騙りに満ちた一編で、なかなか楽しい一編に仕上がっている。犯人を特定するロジックに到達する前に解かねばならない謎に付随する要素が犯人特定の重要なピースになるという展開がよくできている。細かい描写が伏線や手掛かりとなっている、そのミステリ的な描写や書き方に注目したい。若干とぼけた真相を、同じようにとぼけたキャラクターによって、そのキャラクターたちだからこそな形にするミステリ世界の構築など、著者らしさが詰まっている。

「竹と死体と」

 十七メートルもの高さの竹にぶら下がった老婆の死体という謎。解決自体はあっさり目といえばあっさり目だけど、読者がすぐに思いつくことをしっかりとスプリングボードにしつつ、歴史的事実とリンクさせた真相へとスマートに着地する手つきが上手い。

「十年の密室・十分の消失」

 十年前の密室で起きた事件、そして、今度は同じ場所で建物消失事件が発生するという、時を経て起きた二つの事件を扱うなかなかゴージャスな内容。その二つの事件のリンクのさせ方は、消失の方のトリック含めてじゃっかん大味なところはあるが、一つの証言からのひっくり返しで明らかになる密室の真相などはよい。

有馬記念の冒険」

 以上四つが、長編デビュー前の『本格推理』『新・本格推理』に掲載されたもので、本作は長編で本格デビューした後の作品となる。

 有馬記念という要素と、とあるギミックによって、変則的にアリバイを成立させるアイディアが面白い。これまでと毛色が違い、山村美紗的というか、昭和本格的な道具の使い方によるトリックが懐かしい。

 

 全体的に短めだが、しっかりとしたミステリに仕上がっていて、どれも面白く読めると思う。本格デビュー前から巧いな、という印象。異形化しがちな昨今の本格ミステリの中で、ひょうひょうとしながら、さらっとしかしミステリの楽しみをきっちりと組み込む著者らしさを手軽に楽しむことができる。著者の入門編としても良くできているので、ここから東川ミステリに入っていくのもいいのではないだろうか(もちろん、『謎解きはディナーのあとで』などの代表作からでも全然大丈夫だが)。