蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

「魔術」なトリック:アガサ・クリスティー『魔術の殺人』

魔術の殺人 ミス・マープル (クリスティー文庫)

 

 ミス・マープルのシリーズ第五作目。本書はクリスティの中だと結構トリックが印象的な作品かもしれない。カー寄りというか、カーが喜びそうな雰囲気を持つ作品。

 

あらすじ

 マープルは学生時代の知り合いから妹の様子を見てきてくれないかと依頼を受ける。彼女によると何かよからぬ予感がするというというだけだったものの、マープルは友人の妹――キャリイ・ルイズ・セロコールドの屋敷へ向かうことにする。

 キャリイは三人目の夫と暮らしていて、最初の夫が金持ちだったため、その遺産を引き継いで富豪となっていた。彼女は三人目の夫の理想に共鳴し、屋敷の近くに立つ少年犯罪者厚生施設に出資し、夫がそこを運営していた。キャリイをはじめ、理想主義的な夫、屈折した実の娘、養女の孫、どこか変な使用人といった人間たちの複雑な様子から異様な雰囲気が漂っているその屋敷で、マープルの滞在中、ついに事件が発生する。厚生施設の少年がキャリイの夫――ルイスの部屋に鍵をかけ、立てこもるようにしてルイスと二人になると、銃で彼を狙ったのだ。幸い、弾はそれルイスは無事だったが、同時刻、別の部屋で不可解な殺人が発生してしまったのだ……。

 

感想

 なかなか殺人事件のシチュエーションというか演出が魅力的。そして、本作はクリスティ―の中でも結構トリックに力点がある作品と言っていいだろう。カー、というと言いすぎだが、でも彼が好きそうなトリックではある。ただ、終盤、すごくあからさまにマープルがヒントを出してくるので、おぼろげながらに見当がつく人も多いかもしれない。だが、それを含めて面白いものになっている。そういえば、クリスティにしてはちょっとオカルト成分の入ったタイトルになっているが、それを示唆するものは結構、即物的なものだったりして、そういう意味では毛色が違いつつも著者らしさが出ている。

 事件の他のキャリイを中心とした人間関係では、開放的で先進的な養女の孫に対して、血は繋がってはいるものの、保守的かつ人に好かれない言動をする娘のドラマがなかなか良かった。最終的に実の娘と寄り添うようにして去っていく母娘を見送るマープルの姿とか、なかなか小説的な絵になるシーンだったように思う。

 個人的にマープル物には苦手感がある私だが、この作品はミステリ主体的で、単純だけどうまく処理している部分や事件の演出、マープルのいかにも持って回った名探偵的な物言いなど、結構好きな作品だった。マープルが変に正義とか言ってこないのも割と好きなところかもしれない。