蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ミステリ感想まとめ その11

森博嗣すべてがFになる

 実は漫画版しか読んでなくて、原作は読んでいなかったやつ。今読んでもというか、今読んだほうが作中のIT要素は身近になっている感じがするかもしれない。ミステリ自体は意外なほどにオーソドックスで、ちりばめられた伏線が丁寧。あと、死体の出現シーンはやはりインパクト抜群。論証するタイプの推理ではないが、その丁寧に張られた伏線と探偵役の閃きで事件を解体していく。個人的には“人形”の処理の仕方がなかなかよかった。

 

高橋泰邦『黒潮の偽証』

 昔は結構あった船を舞台にした「海洋ミステリ」の一つ。積み荷の鉱石が崩れるという事故が起きた貨物船。しかもその後、エンジンが利かなくなり、漂流状態となる。その混乱の最中、一等航海士が姿を消し、殺されたのではないかという疑惑のなか、救助船がやってくる。しかし、船長は救助船への乗船を拒否し、船は船長を乗せたままさらなる漂流を続けることになってしまう。そして、その船長以外誰もいないはずの船に人がいたことで、事件はまた違った様相を見せ始める……。

 発表当時は犯人を伏字にした趣向があったらしいのだが、パズラーというよりは、中段のサスペンスに重きを置いた作風。海洋ミステリはあんま読んだことがないので、雰囲気含めて結構楽しめた。

 

三津田信三『黒面の狐』

 著者のメインである刀城言耶シリーズとは違った終戦直後を舞台にした怪奇本格ミステリ。炭鉱とそこに広がる街を舞台に、黒い狐面をつけた女の怪異と連続密室殺人事件が描かれる。炭鉱とそれにまつわる戦前戦後の日本の歴史のディテールが詳しく、しかしきちんと物語と結びついていて、事件やトリックを含めた構成などもすっきりしていて、個人的には長大になりがちな言耶シリーズよりとっつきやすかった。怪異とミステリの塩梅もいい。シリーズは満州帰りの主人公、物理波矢多(もとろい はやた)が、戦後を俯瞰するようにして、職を転々としながら、灯台を舞台にした『白魔の塔』、闇市を舞台にした『赫衣の闇』と続いているようで、その探偵物語の形態も含めて楽しみなシリーズ。

 

白井智之『エレファントヘッド』

 タイムリープと分岐を駆使しながら、独自のロジックとトリックが炸裂した特殊設定の鬼子みたいな作品。よくもまあ、こんな複雑怪奇な設定で本格ミステリを編んだものだという、その挑戦心には敬服するしかない。倫理感とかまるでないところから生み出されるトリックが強烈。ロジックもまたねちっこく練られていて、この設定だと特に意外性がないと思われる犯人についても、意外性を出してくる手腕には感心した。正直、作品自体はそんなに好きではないし、割と冷めた目で見てはいるのだけれど、しかし、ここまでの異形と言えるミステリの迫力は著者にしか書けないものがあるのは間違いない。

 

柄刀一月食館の朝と夜』

 奇跡審問官アーサーシリーズの最新長編。とはいえ、従来の「奇蹟」的な不可能犯罪を中心に据えた事件ではなく、ごく普通の館で起きた二重殺人について、ロジックを主体にした作品になっている。あまり事件自体や物語にインパクトはないものの、細かい伏線や手掛かり、そしてそれを基にした推理は、なかなか丁寧に出来ている。また、奇跡審問官らしさとしては、前半にある神の救済や贖罪といった神学的な話が、やがて事件をめぐる犯人との語らいを通して、神なるものの現れを描くに至るクライマックスへの流れはなかなか悪くなかった。

 

ジェームズ・ヤッフェ『ママのクリスマス』

 ジェームズ・ヤッフェによる「ブロンクスのママ」シリーズの長編第二弾。

 新興宗教染みたキリスト教牧師が射殺される事件が発生。以前、彼とトラブルがあり、事件発覚当時、現場から逃走したユダヤ人青年が容疑者として手配される中、公選弁護人事務所の主任捜査官として彼の行方と事件を捜索するデイブ。彼の母親にして、噂好きの安楽椅子探偵「ママ」は、少しずつ明らかになる事件の様相を息子から聞き出しながら、やがて、真実にたどり着く。

 キリスト教徒の牧師をユダヤ人青年が射殺するという「物語」に町が絡め取られていく、というかなりセンシティブな要素があるが、『災厄の家』あたりのクイーンが扱ったら、より集団心理的な描写を重ねて“大衆”とそれに取り巻かれる家族、みたいな展開になりそうなところを、ヤッフェはあくまでパズラーメインでさらっと描写しつつ、容疑者を助ける善意を添える形で物語を描く。

 そのパズラーは、初期クイーンの物証から階梯状に進んでいくタイプではなく、証言からその裏にある意味を取り出すことで推理を展開させていくタイプ。ヤッフェはこれが上手い。そして、二転三転させ、きちんと意外な犯人を取り出して見せる手つきも良い。

 本作はまた、事件現場にダイイングメッセージがあるのだが、ダイイングメッセージそのものというよりは、そこに潜んだ意味を取り出して、そこから「ママ」の探偵としての「告白」に繋げることで、「善意と真実」という物語的な奥行きを与えている。