蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

少女は殺人を見たか:アガサ・クリスティー『ハロウィーンパーティ』

ハロウィーン・パーティ (クリスティー文庫)

Impression

 ケネス・ブラナー版の映画第三作が『名探偵ポワロベネチアの亡霊』というタイトルになっていて、聞いたことないけど、クリスティ財団の公認パロディというか、公式同人の映画化なのかな、と思っていたら本家の『ハロウィーンパーティ』の映画化とのこと。そういえば未読だったし、映画の予告はベネチアが舞台になってて、なんか降霊会とか出てくる思いっきりゴシックなミステリだったので興味が湧いて読んでみました。読むと、舞台はイギリスのいかにも噂がすぐ伝わるような狭い田舎町で、映画で出てくる降霊会とか別にないし、ゆえに幽霊がどうとか超自然な要素も特にない。

 本作はクリスティ最晩年あたりの作品で、ポワロシリーズとしては最後から数えて三番目ですが、『カーテン』は書かれたのがだいぶ前なので実質最後から二番目の作品にあたる。正直、そこまで期待はしていなかったというか、誰もが認める代表作じゃないし、映画はそろそろ三作目で、より自由に脚色しやすそうな作品として選ばれてそうな気もして、ミステリとしてもそこまでじゃないんじゃないか、と思ってたわけですが、さすがはミステリ史にその名を刻む巨匠というか、代表作レベルじゃないにせよ、ミステリの妙味をそれなりに織り込んだ作品になっていて、最後の最後まで読者を騙すことに腐心しています。意外と悪くなくてファンなら読んで損はないと思いました。そして、この作品をどういう風にして「ベネチアの亡霊」という作品に仕立て上げるのか、映画への期待も高まりますね。

 

あらすじ

 推理作家のオリヴァ婦人は、ウドリー・コモンにある友人の家に滞在中、友人とともにハロウィーンパーティの準備をしに富豪未亡人の屋敷に行くことになる。そのパーティの最中、一人の少女が突然、自分は殺人現場を見たことがあると言い出した。村の有名な虚言癖の少女で、みんなは彼女の言うことを真に受けている様子ではなかったが、パーティの終わりに図書室で彼女が死んでいるのが発見される。リンゴ食い競争のためのバケツに首を突っ込んで死んでいたのだ。彼女は本当に殺人事件を目撃していたのか? そしてそれはどのような事件なのか? オリヴァ婦人に請われ事件に乗り出したポワロは、過去、村で起きた複数の殺人事件・失踪事件について詳しく聞き込みをしていく。ポワロは村で起きていた事件の綾を織り、少女の殺害という事件の真相を導き出せるか。

 

感想 ※特にネタバレはないです

 後期クリスティにしては、かなり早い段階で殺人事件が起き、そこを起点にして過去の事件を掘り返してゆき、それらがどう組み合わさり、現在の事件へと向かっていったのかをあぶりだす構成。なかなか登場人物が多く、中盤はポワロによる聞き込みがメインで、割と王道な本格ミステリ的に回帰しているような印象がありますが、現在の少女殺害事件そのものよりも、過去の事件の真相こそがメインになるのは著者らしいか。狭い村で色々なうわさが飛び交い、ポワロは聞き込みの最中に住人による若者論やら外国人への偏見なども聞かされていきます。なんかこの辺の若者論なんかは次に書かれた問題作『フランクフルトへの乗客』へのスプリングボードな雰囲気がありますね(汗)。

 それはともかく、聞き出した複数の過去の事件がどう組みあがっていくのかという興味とその真相はなかなか良くできていますし、少女の事件の方も単純なロジックではありますが、シンプルに犯人に直結するロジックは悪くないです。そして、本作はけっこう犯人が印象深く、抽象的な純粋悪みたいなものをまとっていて、その辺は『カーテン』の犯人の匂いがしますね。

 最後にどうでもいいですが、舞台装置のハロウィーンについて、解説者氏は「ときおりミステリでも見られるドンチャン騒ぎのたぐいは、どちらかというとアメリカに特有の現象だそうで、幸いにもこれだけは日本に定着しなかった」と述べていますが、残念ながら、それから二十年余りでだいぶ嫌な感じで定着しそうな雰囲気ですね……。

 まあ、とにかく、この作品の舞台を大胆にもベネチアに移してどんなふうに脚色されるのか、ひたすらゴージャスなケネス・ブラナー版の第三作「ベネチアの亡霊」の公開を楽しみにしつつ待とうかと思います。

 

新訳も出てるのでこっちで読んでもいいかも。旧訳も特に支障はなかったですが。

名探偵ポワロベネチアの亡霊』予告


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