蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

笹沢左保『流れ舟は帰らず』感想

流れ舟は帰らず (木枯し紋次郎ミステリ傑作選) (創元推理文庫)

 

 木枯し紋次郎――三度笠に長い楊枝をくわえ、口癖は「あっしには関わりのないことでござんす」――というドラマシリーズ、それが読む前の大まかなイメージというか、あいまいな情報でしかなく、私はこのシリーズが「必殺」や「子連れ狼」みたいなハードボイルド時代劇なのかと、今の今まで思い込んでいたのでした。こんなにも見事な時代ミステリだったとは。マジでビックリしました。さすがは笹沢佐保といったところでしょうか。

 本作は選りすぐりの傑作十篇を収録したものとなっていますが、傑作の寄せ集めで終わらず、きちんと物語の流れがあって、木枯し紋次郎という男が傷を負い、渡世として影を背負う起点から、その渡世というものの寄る辺なさを次第に強めていく構成になっていきます。事件に関わってくる渡世の者たちは、どこかもう一人の紋次郎のようにも映ったりして、その姿はどれも悲惨さや悲しみを帯びています。

 また、渡世の――まあ、言ってみればヤクザ者たちといえばの仁義や紋次郎が流れる先で触れる人情みたいなものを想像していたぶん、そのドライさにも結構びっくりした次第です。そしてそれは最後まで乾ききった形で終わるのです。もっというと、なんというか、なんだかんだで優しい紋次郎兄貴が弱きを助け、強きを挫くみたいな時代劇ヒーローとは一線を画すというか、そもそも渡世というものは、不安定で明日をも知れない身分であり、何かにかかわるというのはリスクに過ぎず、そのリスクを減らすには極力物事に関わらない生き方をする必要がある。そういう感じで、紋次郎はミステリにおける名探偵キャラでありながら、極力依頼を避けるタイプの名探偵であり、人助けというよりは、降りかかる火の粉を払う形で、事件を解決していく、それが木枯し紋次郎のシリーズなのです。

 ここまでシリーズについて、長々と書いてきたわけですが、そろそろ本題のミステリについていきましょう。この傑作選に採られた作品は、どれもミステリ色が強いのはもちろんなのですが、時代物+本格の一方の雄である都筑道夫の「なめくじ長屋捕り物騒ぎ」シリーズのような、不可能犯罪や怪奇趣味などの要素はほとんどありません。しかし、前提をひっくり返す意外性のアクロバットがどの収録作にも凝らされていて、その真相へのアクロバットは、もしかすると「なめくじ長屋」を超えているかもしれません。また、意外性だけでなく、それを支える伏線や犯人を指摘する際の手がかりの提示なども鮮やか。どれも本格ミステリな満足感があり、本格ファンの自分には見逃していた金脈を発見した気分でした。

「赦免花は散った」から、「流れ船は帰らず」「女人講の闇を裂く」の三作、そして最後の「明日も無宿の次男坊」あたりが特にひっくり返すアクロバットのベスト群でどれもミステリとしてのレベルは高いです。一方で、個人的ベストは「霧雨に二度哭いた」をあげたいです。これは双子ものミステリで、その形式のミステリとしても高水準なのはもちろんなのですが、この紋次郎シリーズ固有の“関わりたがらない”ことを極めたミステリになっていて、“依頼者”たる、少女の依頼を終始紋次郎は断り続けます。知らない、自分には関係ない、そう紋次郎が言い続けているうちに、人が人が次々に死んでいき、関係者が死に絶えるような形で事件が終わったのちに、紋次郎がおもむろに謎を解き、そして楊枝を放って手がかりを指し示して終わるという、楊枝の使い方も含めて、紋次郎ならではが極まった一作。素晴らしい。それに並ぶインパクトの作品として、「桜が隠す嘘二つ」も好いです。特にシチュエーションが素晴らしくて、関八州、東北地方、甲州の二十一人もの渡世の親分の前で、濡れ衣を着せられた紋次郎が名探偵よろしく推理を披露するというこのシリーズだからこそなシチュエーション。紋次郎の謎ときも手がかりと伏線を拾ってアクロバットな真相を導き出す本格ミステリなもの。そして、最後に印象的な作品が、「明日も無宿の次男坊」でしょうか。これはミステリ的にももちろん素晴らしいのですが、紋次郎シリーズの持つドライさで締めくくられた一品で、「赦免花に散った」から何作かまではいくらかあった、運命の悲哀や人物が持つ悲しみといったウェットさが消え、それを期待させるようなシチュエーションでありながら、トリックも含めて虚無感が増していて、それはタイトルにも表れているようでもありました。

 とりあえず、感想は以上です。個人的に時代ミステリとしては、屈指の本格物とという感じがして、横溝の人形左七と並んで好きになりそうなシリーズでした。またほかの作品も漁っていきたいですね。