蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

倉知 淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』

大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル

 

 安穏としたデスクワークを目指し、難関の公務員試験を突破したはずの木島壮介が配属されたのは警察庁特殊例外事案専従捜査課という、聞き覚えのない部署だった。そこは、警察の捜査では手に負えない例外的な事件を外部の民間人を招聘して解決にあたる特殊な部署だという。民間人――いわゆる名探偵を自称する変人たち相手に手を焼きながら、同じ警察官からは敵意のある態度を取られ、まさに板挟みの状態で事件に挑む木島壮介の奮闘を描く。ボリューミーな中編三作を収録している。

 すごくオーソドックスというか、メタ的な飛び道具とかツイストの利いた物語とか、そういうある種、余計なものを極力省いた伏線とロジックがミステリ要素の大半を占める。個人的にはその愚直なロジックへのこだわりが本格ミステリ読んでるなあ、という実感が強くて良かった。やはり推理だけで犯人に迫る物語って言うのは好い。ことさら犯人や真相が意外というわけでもなく、大掛かりなびっくりが仕掛けられているわけでもない。確かに、一見すると地味かもしれない。しかしこの作品は本格ミステリの楽しみが詰まっている。

 ちょっと意外性がないみたいな書き方になったが、意外を導くための推理というより、その推理の道筋に意外が潜んで居る、そんな作品。こういう一歩一歩踏みしめるようにして犯人に至る道を作る推理の過程こそが、本格ミステリの醍醐味の一つでもある。この作品はそれを十分に楽しめる作品であることは間違いないだろう。

 しかし、倉知 淳のこういう地味かもしれないけど、愚直な推理へのこだわりはなんか好きだなあ。

以下、各話感想。※特にネタバレとかはしてはません

「古典的にして中途半端な密室」

 銃殺された被害者の部屋に残された奇妙な密室、それは発動されなかった仕掛けが残ったままの、針と糸の密室だった。しかし、被害者の死亡推定時刻から死体発見時にはには扉が明けられたことがなかったという状況が明らかになり、奇妙ともいえる中途半端な密室の謎が立ちふさがる。随伴することになった探偵、勒恩寺公親(ろくおんじ きみちか)の無遠慮な振る舞いにタジタジとなりながら、なんとか事件を解決しようとする木島壮介最初の事件。

 当初想定されていたトリックの効果、そして思わぬアクシデントを加味しながら丁寧にされていく謎解きが、なんていうか、余計なものを足さない本格の素うどん的なウマさ。驚きや物語のツイストで底上げするような要素は全くないので、枚数の割にはアッサリだと感じる読者もいるかもしれないが、この謎解きの丁寧さは本格ミステリならではの味が満ちていて、とてもよかった。決定的な物証から演繹的に、というタイプではないが、状況や証言から犯人を一人に絞っていく手つきは熟練の腕を感じさせて、探偵が見聞きしたそれらがパズル片としてすっと収まる感じを堪能した。

「大雑把かつあやふやな怪盗の予告状」

 石川五右衛門之助という、いわく言い難い名前の怪盗が、やり手の経営者が所有するブルーサファイアを狙い送り付けてきた予告状。それは、なんともあやふやな日時で指定された犯行予告だった。今回、木島が随伴するのは作馬という妙に役所の人間じみた探偵。やる気があるのかないのかよく分からない探偵が警護の最中取った行動により、木島はピンチに陥るのだが……。

 日時に幅のある奇妙な予告状を起点に、それがもたらした事件の構造を明らかにしていく推理が見事。推理していく過程で、それまでにばらまかれていた伏線がピタピタとハマっていく感覚と推理がもたらす意外性が本格ミステリしていてとてもいい。「探偵」なるものの一筋縄でいかない存在感もあって、楽しい一編に仕上がっている。この作品が一番好みかもしれない。推理も奇妙な予告状という一点から展開され、そのなかで意外な視点が展開されるスマートで好みの推理。

「手間暇かかった分かりやすい見立て殺人」

 筋トレ好きな経営者が毒殺され、その膝から切り取られた足が湖の近くにそろえられて発見された事件。それは、そこに住む人間ならば誰もが知るという龍神伝説のいけにえに見立てられたものだった。

 推理のボリュームが大満足な一編。不可解な見立ての状況と鉈についていた血痕から丁寧に犯行をトレースしていく。状況や証拠から三つの「なぜ」を挙げ、その一つ一つを攻略していき、それが最終的に見立ての「なぜ」を解き明かし、同時に一直線に犯人に到達する推理の道が見事。