蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

今邑 彩『時鐘館の殺人』

 

 

 ガチガチの本格というわけではないが、ミステリを基調に、ニューロティックスリラー、SFファンタジー、奇妙な味、といった今邑 彩のエッセンスが詰まった短編集と言っていいだろう。それぞれ異なった趣向で、よくできた作品がそろっている。生前はあまり目に入っていなかった著者の作品は、どれもしっかりと作り上げられたミステリー作品が目白押しで、未読作品も積極的に読んでいきたい作家だ。

 以下、各短編の感想。

「生ける屍の殺人」

 人気作家が軽井沢の別荘で殺されているのが発見された。現場には彼を殺したと思われる編集者の死体があり、しかし、彼女は作家が死ぬ十二時間以上も前に死んでいた。周辺での目撃情報とも合わせて、まるでゾンビによる殺人とも思える状況に、新米作家と中年作家のコンビが推理を戦わせるが……。

 よみがえった死体による殺人という強烈な謎がまず目を引く。そして、それを現実的な真相へ落としていく二転三転とする展開がしっかりとミステリーしつつ、最後の落ちの切れ味がまたイイ。

「白黒の反転」

 かつての有名女優の姉とそれを世話する妹の住む屋敷に招かれた「邦画研究会」の大学生たち。一夜明けた館の物置で、女性部員の一人が死体で発見されてしまう。事件当時の状況から、一人の人物が犯人として浮かび上がるのだが……。

 現場のオセロが起点となり、タイトル通りの反転が鮮やかに決まるとともに、『なにがジェーンに起こったか』を意識させるような老女の姉妹が抱えた運命が、謎解き後の余韻に黒々とした幕をおろす。人が長年抱えた陰鬱な秘密が、即物的な殺人事件を飲み込んでしまう、そんな印象が読者を包む作品となっている。

「隣の殺人」

 隣の夫婦が争っていた最中、ドシンという音とともに妻の声が聞こえなくなり、不審に思った主婦は、隣人の夫による殺人を疑い始める。

 割とよくある、隣人の諍いを偶然聞いてしまったことから生じる事件の疑惑。そこからどう落とすのかが注目だが、高まる疑惑とその緊張感をどこへ落とすのか、この作品は緊張がミステリ的に解けた後の終わり方に作家の特色が現れている。

「あの子はだあれ」

 SF的な味が強い一編。近い作品だと『ボトルネック』が頭をかすめる読者がいるかもしれないが、主人公を原因としながらも幸福と虚無的なやるせなさの重ね合わせが本作の見どころ。SF設定を通して、タイトルの「あの子はだあれ」という光景が二重写しになる構成が見事。同時にタイトル回収も素晴らしく決まっていて、一番好きな作品といっていい。

「恋人よ」

 留守番電話に舞い込んだ奇妙なメッセージから始まる一篇。箸休め的な掌編といったところだが、奇妙な発端からサスペンスを盛り上げる手つきが好い。オチはまあ、ちょっとずっこけ系な気もするが、後味は悪くない。

「時鐘館の殺人」

 マニア好みの作家から、イラストレーターや批評家といった出版関係者が住んでいる下宿、そこは狂った時計だけが集められ、時鐘館といわれていた。ある日、編集者からの催促を前に老作家が「消失」、翌朝、突如現れた雪だるまの中に彼の死体が発見される。はたして老作家に何が起こったのか。

 問題編と解決編に分かれていて、犯人当てのような形式をとった本格色の強い一作。なかなか本格ミステリ、というか新本格テイストな仕掛けが施された稚気にあふれる作品と言っていいだろう。表題からもあふれる綾辻オマージュがなかなか楽しい。