蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

泡坂妻夫『ダイヤル7をまわす時』

 

 著者といえばの逆説的な推理法もあるにはあるが、メインどころでガツンと来るよりは、サブに回っていい味を演出する方向性で、比較的、正攻法な手法で作られたミステリが多い。どれもよくできたミステリの妙味が楽しめる。以下、各話の感想。ネタバレは特にしてない、はず。

 

「ダイヤル7」

 本作は、問題編と解答編に分かれた犯人当て小説となっている。タイトル通り、ダイヤル電話が重要な手がかりとなる。著者お得意の逆説的推理ではなく、犯人当てらしい物証と状況証拠を基に推理が展開される。また、犯人の隠し方も本格らしい仕掛けが施されていて、なかなか面白い作品になっている。作品中でも、本格度が高めの一編。

 

芍薬に孔雀」

 取り調べの容疑者の語りから始める一編。その語りは、芍薬と孔雀がデザインされた世界的にも珍しいカードをめぐる殺人事件を振り返る形で進んでいく。体中にカードを纏わされた死体というどこか奇術じみた装飾が楽しい。事件的にはダイイングメッセージが主眼となり、単純だがなかなか上手く犯人と結びつけてある。語りの雰囲気が奇術師がネタを明かしていくような謎解きの感興もあって、そのあたりも面白い。

 

「飛んでくる声」

 向かいのアパートの一室から声が聞こえてくるという、ある意味、定番のネタから始まる事件。犯人が逮捕されるくだりの不思議な持って回った感などは、著者の逆説的なしぐさの香りを感じる。手掛かりはちょっと話の中に埋もれ気味だが、取り出してみるとその食い違いから生まれる反転が犯人に直結して、そのすっきり感はなかなか悪くない。

 

「可愛い動機」

 妻を亡くした夫が、警察官に向けて語り始める――妻との過去からの関係から、彼女がかつて結婚していた男の殺害容疑で逮捕され、自白から殺人者にされそうになっていたこと、そして、あるはずのアリバイを黙っていた動機……やがて、男の語りは妻が死んだ現在の事件に及び、明らかになる真実。事件を推理して明らかにするタイプの話ではなく、過去の伏線から意外性を回収して幕、という構成。いったいどういう風に話が転がっていくのか、その先の見えなさから最後にパッと伏線を拾って落とす、そのオチのつけ方が上手い。

 

「金津の切符」

 収集という偏執的な要素はしばしばミステリの題材になる。今作は、切手が題材だが、それはあくまで人物や物語を形作る要素。メインは倒叙ミステリにおける決め手となる手がかり――その意外な行方である。まあ、自分だったらそんなことはまずしないとは思うのだが、それはともかく、なかなか面白い隠れた手掛かりの行方を描いている。

 

「広重好み」

 タイトル通りの「広重」という名前にこだわりを持つ女性にまつわる日常の謎めいたミステリ。彼女はなぜ、その名を好むのか……著者らしい逆転の発想が光る一品。雰囲気も明るめで読み心地のいいお話になっている。

 

「青泉さん」

 主人公の青年行きつけの喫茶店にふらりと現れた画家らしき紳士、青泉さん。彼はその所作や人柄から喫茶店の常連たちからの人気者になるが、それもつかの間、アトリエで殺されているのを主人公が発見することになってしまう。

 殺人事件があり、現場の生乾きのコンクリートに何故かくっきり残された犯人の足跡、という謎解きの鮮やかさもありつつ、犯人探しがメインではなく青泉さんという人物がどんな人物だったかに焦点を当てた一遍。逆説的な要素もありつつ、その逆説がどこか切ない余韻を引き出し、最後の話にふさわしい印象深い作品。