蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

連城三紀彦『黒真珠』

 

 

 連城三紀彦の未収録短編二十四編(現在確認された分)のうち、十四編を収めた短編集。比較的分量のある七編と掌編七編を前後半に分けて収録している。

 連城三紀彦については、作品を結構な量で収集していながらあんまり読んでいない。そのミステリ的な驚きについては、侮れないほどの充実性はあると思いつつも、どうしても驚き主体よりもロジックの過程を重視しがちな個人的な嗜好とかもあって、なかなか消化できずに放置気味なのだ。文体も流麗なのはわかるが、物語全体の湿度の高さが何とも言えない重苦しさを感じたりして苦手感が強い。あと、連城を推してくるやり方があんまり好きじゃない(「人間心理」「文学」「高級」みたなニュアンスがにじむ感じ)のもあって、敬遠しがちになっている。

 まあ、それはともかく、せっかくの機会だし苦手感の克服も含め新しく出たこの短編集を読んでみた。内容的には、落穂ひろい的な先入感があったならそれを覆すほど、著者の技巧が充実した作品ばかりで、そのレベルの高さがうかがえる。

 ただ、どうしても連城三紀彦の物語造形の型として、男女間の不倫が軸となりやすく、この作品集でもそれがメインどころとして繰り返されるため、また不倫関係か……と少し辟易する感が無きにしも非ず。連続で読むと内容の湿っぽさもあってなかなか鈍重な読書になった。タイプの違う短編集と併読するか、時間をとりながらゆっくり堪能するのがいいかもしれない。

 それでは、各短編の感想。

「黒真珠」

 愛人と妻、その対決めいた応酬で貫かれながら、彼女たちの輪郭が次第にズレそして変質していく。やがてそれはどこか彼女たちの何とも言えない関係性を浮かび上がらせ、霧が晴れるような形で締めくらせる。「黒真珠」というアイテムによって物語を収斂させる手つきが上手い切れ味のいい一篇。

「過剰防衛」

 過剰防衛で殺人を犯した男は、証言を翻し弁護士とともに劇的な無罪を勝ち取るのだが……。男の得体のしれない「過剰防衛」という信条が「逆転」とともに暗く浮かび上がる。短めながらも印象深い一篇となっている。

「裁かれる女」

 ふいに弁護士事務所に現れた男。殺された妻を浴室に一週間放っていたと語る男からの弁護の依頼は、やがて弁護士の犯した罪の話と真の「依頼」へと転がっていく。

 奇妙な依頼人の存在がやがて異様なモノへと変質していく中で、どこか茫洋とした事件が少しずつその意味も含めて真の姿を現していく。物憂い雰囲気の中、すべてをまとめ上げるように浮かびだす真相という、語り口の鮮烈さが見事。

「紫の車」

 主人公の不倫の最中に妻がひき逃げに遭い死亡。しばらくして男のもとに殺人を依頼されたという男から依頼料の残りを支払うようにと電話が入る。身に覚えのない殺人依頼という、なかなか魅力的な転調を含め、著者らしい「逆転」を盛り込みつつも、作品としては驚きよりも、人物を印象的に浮かび上がらせ、読者に焼き付けるような手つきが光る作品。

「ひとつ蘭」

 複雑でドロドロの真相が著者特有の文体でひたすらネバつくように描かれた一編。正直苦手なタイプの連城作品で、ドロドロを形づくるための分量が多く、面白みはあまりないのだが、その人工的ともいえる人間関係の織り方によって染み出てくる闇の気味悪さ、人間関係の道具とされた女性の寄る辺なさが浮き上がる。

「紙の別れ」

 前作のスピンオフというか、前作の主人公が前振りとして清算した関係における男性側視点で過去の彼女を振り返るところから始まっていく。男のなんか都合のいい未練ただ漏れな描写が続くので、個人的にはあんまり面白くはない。流麗な文体と言えばそうだが、内容的には昔の女を抱きたい~、みたいな感じなので結構辟易する。

 最後に現れる結末は、運命のいたずらのように描かれつつも、どこか男の都合のいい解釈のようでもある。最後まで男の自分本位な視点で語られつつも、最後はどこか抒情性をにじませる文章はさすが。“紙”の使い方が締めくくりと合わせて上手い。

「媚薬」

 幼い日に見た父の不可解な行動、その父の死後に浮き上がる母親の不倫疑惑。死んだ「父の姿」が最後にくっきりと浮かび、タイトルを回収しつつ、思いを吐き出させた人物たちにどこかあたたかな光を当てる作品。これまでの短編の湿っぽさもあり、より日向の温かさのような読後感が残る。

 ここからは残りの掌編七編となる。

「片思い」「花のない葉」「洗い張り」「絹婚式」「白い言葉」「帰り道」「初恋」

 短い中にも「逆転」の味を忘れない姿勢は、解説にもあるように、まさに作家の業のようなものを感じさせる。個人的には「片思い」「花のない葉」「白い言葉」あたりが印象的。