蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ディック・フランシス『興奮』

興奮


 

 

 競走馬をモチーフにした某携帯アプリゲームをチマチマ頑張っている昨今、なんとなく敬遠していた大人気シリーズに手を出してみようという気分になった。

 ディック・フランシスの競馬ミステリシリーズといえば、かつてその二文字タイトルが本屋の棚にずらっと並んでいたことがあり、その席巻ぶりに圧倒されつつも、競馬だし、なんだか年配の人向けなサスペンス主体の業界小説みたいなものだと思って自分には関係ないものだと通り過ぎていた。

 上記のゲームでそれなりに競走馬のことに知ったり、ギャンブル以外の純粋なレースとしての競馬の楽しみなんかもかじっていくことで、昔スルーしていたこの作品群に興味がわいてきたのだ。ツイッターのミステリを読んでいる人たちからも、面白いという話を聞き、ずっと自分とはあんま関係ないなと思っていたこのシリーズに手を出すことになった次第。とりあえずは瀬戸川猛資氏が挙げていたこの『興奮』をチョイスした。

 前置きが長くなったが、結果として読んでよかった。これはなかなか面白い。純粋なエンタメの面白さが詰まった冒険ミステリだった。

 まず、この作品は馬が事件の中心になるが、競馬そのものが描かれるわけではない。物語の発端は、障害レースで立て続けに大番狂わせが起きているところから始まる。不正が行われていることは確実なのだが、その不正の証拠が見つからない。番狂わせを演じた馬は明らかに興奮剤を与えられたような様子なのに薬などの痕跡が全く見つからないのだ。そこで、レースの理事はオーストラリアで牧場を経営している男に調査を依頼し、男は怪しい厩舎に潜入調査を試みる……。という、なんだかスパイものみたいな話なのだ。

 この作品はまずミステリとしての設問づくりが上手い。興奮剤を投与されたような状態を示しながらも、その痕跡が全くないという魅力的な謎。その“いかにして”という謎を中心に、主人公ダニエル・ロークのハードボイルド調の潜入調査、そして真相が割れてからのアクションとその構成も見事で、文体も簡潔というか、変に気負ったところもなく、読者を楽しませるのに腐心した作品だ。中心の謎もきちんとした解答が用意してあるし、ミステリ、調査ハードボイルド、そしてアクションとエンタメ要素盛りだくさんの作品なのは間違いない。

 あと、これ結構、妙というかこれぞ冒険小説みたいなラストを迎える。冒険小説の本質はたぶん、ここではないどこかへの憧憬だと思うのだが、この作品はそれが通底していて、ラストもその果てのような新天地に向かう主人公の姿がある。

 なにはともあれ、とても面白い作品だったので、まだまだ40近くはある著者の作品が宝の山に見えてきた。そういうわけで、少しずつまた手に取って読んでいこうと思う。