蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

マイケル・イネス『ある詩人への挽歌』

 

 

 マイケル・イネスといえば、ニコラス・ブレイクやヘレン・マクロイなんかと一緒にカーやクリスティ、クイーンの後継世代みたいな感じで、新本格とかつて言われていて、そこに「教養」みたいな語句もくっついていたように思う。まあ、ここでいう教養というのは、聖書やシェイスクピアを始めとした古典文学の引用なんかなのだが(あと、この作品には、スコットランド方言でしゃべる爺さんが出てくるらしく、それを原書で読みこなすにはそうとな教養がいるだろう)なんとなーく、高尚でお堅いイメージがついていて、実はそうじゃないということを解説者は強調している。殊能将之氏もかつてブログで、お笑いミステリと評していて、イネスについては、そのくだらなさ、でたらめさ、めちゃくちゃさにしびれてしまったと書いている。

 私自身はイネス自体が初めてで、じゃあ読んでみてどうだったかというと、才人のめちゃくちゃさにしびれるためには、それ相応のものが必要なのかもなあ、みたいな感じ。別にガチガチに教養でお堅いというようなものではないけど、とはいえ、ミステリの見世物的な面白さで引っ張るよりは、物語の語りの技巧で持たせるタイプに感じた。視点が移り変わるたびに書き方が変わり、それに慣れるために毎度リセットかけられるようなのがもどかしい。

 ミステリの構造としては、古城を舞台に吝嗇家な城主が急に贅沢を始めたり、幽霊のような何者かがチラチラしていたりと、何が起こっているのか? という宙づり状態がけっこう続き、解決編で描写の端々が結びついて事件全体が浮かび上がる技巧性が光る。その構築性は見事だと思う。名探偵の推理ですべてを明らかにするわけでなく、最後の最後は告白的な目撃談で終わる構成も悪くない。ただ、物語そのものを楽しめたかというと、まだ自分には素養が足りないかなあ、と感じてしまった。そういうわけで、また何年かして読み返してみようかなと。その時また違った読後感を得るかもしれない。