蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

東川篤哉の青春ミステリ――バカで、愉快で、しょーもない。

 青春ミステリ、と云うと、とにかく苦いとか、甘酸っぱいとかそういうイメージで語られたり、またそういう思春期の感傷を含有したものがジャンルとしての特徴であるという認識が共有されている。そしていかにそれらがエモーショナルな形で描かれ、読者に青春の郷愁めいた感動を与えられるかどうか、それが作品評価の一つのモノサシとして、どこか当然のように受け入れられている。

 痛みや苦みこそ「青春」というのは確かにそうなんだろう。私もそういう作品で好きなものはたくさんある。しかし、「青春」とはそんな湿った側面ばっかりではなかったはずだ。「青春」にはもう一つの顔がある。バカで、愉快で、しょーもないという側面が。

 怠惰とくだらない冗談で日々をやり過ごし、しょうもない行動を恥ずかしげもなくとってゲラゲラ笑い合う。

 東川篤哉の書く青春ミステリは、実のところ真正面から「青春」を描いてるわけではない。しかし、そんなバカで愉快でしょーもない「青春」に包まれている。そういう意味では、わりと昨今では貴重な存在なのだ、たぶん。

 そんなわけで、私は東川篤哉の青春ミステリが結構好きだ。なんというか、登場人物たちのあっけらかんさが好きだし、挟み込まれるしょうもないギャグも好きだ。

 彼らは特にあれこれ背負ったり悩んだりとかはしない。事件に対して被害者とは知り合いでどうこうと、悲痛な思いや動機で臨むこともなく、基本は第一発見者で、事件だ事件だ、という感覚で探偵行為に首を突っ込んでいく。そこに後ろめたさは感じられない。純粋に事件が目の前にあったなら、解かねばならない、真相を知りたい。そういう好奇心で動く。よくある、探偵行為をする資格だの、真相を知ってそこにある種の内省を感じ入ったりとかもしない。

 あっぱれなくらいの能天気さで、しょうもないギャグと推理を連発しながら登場人物たちは突き進む。まあ、そこに鼻白む人はいるかもしれない。不謹慎と言えば不謹慎かもしれない。しかし、そこにはバカな彼らが、バカっぽくかつ野次馬的に突っこんでいく爽快さ、フィクションならではの、それでしか得られない楽しさがある。それに、何にも考えないで突っこんでいくというのもまた「青春」というやつではなかろうか。

 ナイーブで洗練された青春ミステリとは違う、どこか野暮ったくてオジサンくさい部分もあるシリーズ。深刻さがないぶん、何も残らないというケチはあるかもしれないが、なんかワイワイ騒いで特に覚えてはいないけど楽しかったな、というのもまた「青春」というやつではなかったか。むしろそんな野暮ったくてくだらない「青春」こそ、私たちの日常を染めていたような気もするのだ。

 あと、この青春ミステリのシリーズは日常の謎というよりは、不可能興味を含んだ殺人事件や未遂事件を扱ってるパターンが多めで、ミステリ的な仕掛けも、こじんまりとしたものより大雑把かつ大胆なものがあり(特に赤坂通が主人公の初期のほうは)、そこも貴重で好きだったり。

 

 というわけで、鯉ヶ窪学園シリーズという形で作品としてまとまったそれらの作品群を短く紹介していこうと思う。

学ばない探偵たちの学園 (光文社文庫)

学ばない探偵たちの学園 (光文社文庫)

  • 作者:東川 篤哉
  • 発売日: 2009/05/12
  • メディア: 文庫
 

  巧い具合に騙され、探偵部なるものに入部させられてしまった語り手の赤坂通。彼と赤坂をまんまと引き込んだ探偵部部長の多摩川、先輩の八橋という探偵部コンビが連続密室殺人に挑む、鯉ヶ窪学園シリーズの第一作。

  そういえば、この鯉ヶ窪学園、芸能クラスというのが存在して、実際にアイドルがいる。スクルールアイドルーーラブライブを先取り*1したような設定ではないか(そうなのか?)。まあ、アイドルはあくまで盗撮犯が学園に侵入するためのもので、後々はどっちかというと死に設定っぽくなるのだが。

 とにかく、その学園アイドルを盗撮に来た芸能カメラマンが密室状態で死んでいるところから始まる二重密室事件は、特に第二の事件のトリックがなかなか面白い(どっかで見たような気もするが)。その真相に気づくシーンも含めてちょっと抜けた感じがこの作品らしい。

 それから、ただ単にドタバタしてだけのような探偵部トリオだが、一応、真相の一部には到達するという塩梅も悪くない。また、三人の中では基本的に推理を外す多摩川部長だが、その妙な行動力だけは裏主人公な気がしなくもない。

 

殺意は必ず三度ある (光文社文庫)

殺意は必ず三度ある (光文社文庫)

  • 作者:東川 篤哉
  • 発売日: 2013/08/07
  • メディア: 文庫
 

 赤坂通主人公の第二作。 

 東川篤哉の野球へのこだわりが前作以上に炸裂した一品。ベース盗難事件という日常の謎的な発端から連続殺人が発生し、なかなか凝ったかつキレのいいバカトリックが楽しい。ロジック、そしてしょうもないギャグに潜ませた伏線も好調なハイレベルの一作。個人的には一番のおすすめ。

 ミステリ度的にはこの探偵部トリオの二作が高い。

 

放課後はミステリーとともに

放課後はミステリーとともに

 

  舞台は鯉ヶ窪学園だが、これまでの探偵部の面々はリストラ(?)され、代わりに探偵部副部長なる霧ケ峰涼というエアコンみたいな名前の主人公が語り手になり、連作短篇の形式をとる。ただし、顧問かつ一応の探偵役である石崎先生は続投という、なんともなイイカゲンさがイイ。

 また、主人公の変更とともに大きな転換点があり、それは先に述べた連作短篇形式を取ることと、なにより殺人事件が起こらなくなること。そこは昨今の“人が死なないミステリー”に合わせたのか、事件性があっても殴られて気絶するにとどめている。まあ、一つの学園で殺人事件が起こりまくるのもアレだというのもあったのかもしれない。とはいえ、テイストは変わらず、事件は不可能興味がちりばめられ、ハイテンションかつ、しょうもないギャグが事件を彩る。

 出てくるゲストキャラたちも相変わらずのどこか抜けた連中ばかり。特に、地学の池上先生がいい。UFOのこととなると普段のクールぶった態度をかなぐり捨てて、文字通りUFO狂いの狂態をさらすシーンは必見。彼女が出てくる「霧ヶ峰涼とエックスの悲劇」もなかなか面白い(バカな)短編になっている。あと、自称陸上部エース、足立の際立ったバカキャラぶりもなかなか。こういうキャラは生真面目な日常の謎ものではなかなか拝めない(まあ、特に拝めたからといって、すごいというわけではないが……)。彼が登場する「霧ヶ峰涼の絶叫」は真相自体もバカなので最高だ。

 全体的にはある傾向のトリックを手を変え品を変え使っている。殺人事件ではなくなった分、真相はしょうもないというか、ギャグ的なものが強くなっているが、それはそれで霧ケ峰のドタバタとマッチしている。

 

  『放課後はミステリーとともに』の続編。主人公は再び霧ケ峰涼。今回は彼女の「ライバル」なるキャラが登場し、創作ミステリでバトルを仕掛けてくる話が何話か入っている。作中作という形で殺人事件を扱うというのは、苦肉の策だったのかもしれないが、創作ミステリで挑戦してくるという形式とキャラクターが、次の作品に大いに生かされることになる。

 霧ケ峰以外のキャラクターがなかなかいい感じに固まっていて、特に涼の「ライバル」大金うるるの登場でいっそうキャラクターたちのドタバタに拍車がかかる。真相のギャグっぽさも相変わらずで、楽しさでいったらこの作品がシリーズ一かもしれない。

 あと、霧ケ峰と赤坂の鯉ヶ窪学園新旧主人公の何ともいい加減というか、シレっとした感覚でなされる邂逅がなんというか著者らしいサービス。

 

君に読ませたいミステリがあるんだ

君に読ませたいミステリがあるんだ

  • 作者:東川 篤哉
  • 発売日: 2020/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  シリーズ最新作。今作も鯉ヶ窪学園が舞台だが、またもや登場人物は一新されている。今回は文芸第二部という、文芸部の影で妙な活動を独りしている水崎アンナと、文芸部に入るつもりが彼女に一方的に絡まれ、アンナの創作ミステリを読まされる語り手の“僕”がメイン。

 全体の構成としては、“僕”を執拗に自身の部へ引き込もうとする水崎が、ことあるごとに自分をモデルにした主人公の活躍(?)するミステリを“僕”に読ませる。そんな一年を、連作形式で描く作品である。

 なんというか、作中作というか、水崎アンナという女子高生の素人作という設定を巧く使い、普通ならボツにするようなネタを作品に仕立てていて、そこがなんというか巧い(ズルいともいう)。そして、彼女の描く事件の真相や作品のあちこちににじむ自意識のしょーもなさに笑っていると、最後でなかなかなミステリ的一撃が読者を打つ。

 それから、アンナの最後の「告白」だが、書く作家が書くのなら、それなりに甘酸っぱい叙情性を盛り込んで、それはそれで、というかむしろその方がこの作品はウケた気はする。しかし、そこは東川篤哉。ドン引きする人はしそうな、なんとも妙な強引さでドタバタへと持って行く。読み返せば、一応、伏線的な描写は冒頭でしてあるのだが、ちょっとぎくしゃくした終わりというのは否定できないかもしれない。

 ことあるごとに作中の犯人たちの動機を“僕”に突っ込まれ、アンナのかなりいい加減な取り繕いが、一つの笑いとなっている本作。だが、それゆえに最後に飛び出すアンナ自身の「動機」のインパクトは、作品の核となりうるいい演出だと思った。だが、肝心の作品の雰囲気というか、お笑いで扱うよりは、エモーション的な「青春」で扱った方がより生かせるものだった気はする。そういう意味では惜しい。

 とはいえ、東川篤哉の青春ミステリとしては、これが正しいのかもしれない。なんというか、関節を外したような、そのしょーもないけれどドタバタした「青春」の姿は、とても東川篤哉の青春ミステリらしかったのだから。

*1:本作は2004年 ジョイ・ノベルス刊