蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

笹沢左保『突然の明日』感想

有栖川有栖選 必読! Selection3 突然の明日 (徳間文庫)

 

「いちばん恐ろしいのは、明日という日だな」

 

 トクマの特選!による笹沢左保の名作発掘レーベル、有栖川有栖選 必読!Selectionの第三弾。平凡ともいえる家族の団欒にのぼった奇妙な人間消失の話。そして、そこから急直下、訪れる日常の崩壊。同じ明日が来ることに何の疑いもなかった人々に訪れる奇禍と、そこから始まる捜査行への展開はすばらしく、また、これまでの作品同様、物語が閉じた後にタイトルが胸に迫る作品となっている。

 半面、ミステリ的な感興は前二作に比べると後退気味な印象を受ける。アリバイトリックは話の流れであまり隠すことなく明らかになるし、冒頭の「人間消失」も説明されたら頷くしかない、みたいなトリックではある。

 とはいえ、今回も捜査パートは面白く、勝気な娘と寡黙な父親の二つの視点で行われる捜査が、情報を補いつつ真相を探る構成はこれまでと違った印象を与える。一方で娘パートの男女の捜査行でのメロドラマみたいな部分や、女とは……みたいな微妙な部分は今回も存在するのだが、そのメロドラマがサスペンスに転化していて、なかなかいろんなものに繋がりにくい時代性と合わせて、終盤のじりじりとした緊迫感は今では味わえないタイプのものがあったと思う。

 また、この作品はSelection1、2とは違い、真犯人の描写がほぼほぼない。これまでは、真犯人が落ち込む状況が、トリックとともに真犯人の悲哀を浮かび上がらせ、それは犯人についての物語でもあった。しかし、この作品はあくまで捜査する父と娘の物語となり、真犯人は、事件の中心の消失事件の如く、一回登場したきり、その存在は最後まで空白のままだ。それは、事件の動機が、ほんの些細ないたずらのようなものから生じたからだろう。悲劇的な境遇に陥らなくても、ふとしたことで殺人をする――そんな明日が訪れてしまう犯人の姿もまた、「突然の明日」の象徴のような存在と言えるだろう。空白であるがゆえに、また違った存在感と印象を残す犯人だった。

 誰にでも訪れうる「突然の明日」。自分たちがいつものように過ごすはずの平凡な日常は、実のところ保証されたものではない。そしてふいに訪れた明日を昨日として、それを振り返りながらまた、明日を迎えてのり越えていく。明日を迎えることだけが、その昨日との距離を広げていく。なんとか明日を迎え、積み上げていく。それを続けていくしかない。

 願わくば、明日もまた、平穏ならんことを祈りながら。