蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

『メルカトル悪人狩り』感想

 

「愛護精神」

 いささかぎょっとする始まりで不穏な空気を漂わせつつも、他愛のない形にすかしつつ、美袋に絡みつく大家からのどうでもよさそうな依頼。それを一応、メルに相談すると案の定馬鹿にされるのだが、それもつかの間、押しかけてきたメルに導かれる美袋の前に死体が飛び出してくる。さらっとした短編ではあるが、なんとも人を食ったタイトル回収と犯人の粘りつくような気味悪さが後味を引く。メルカトル世界へのジャブにふさわしい一遍だろう。

 

「水曜日と金曜日が嫌い」

 相変わらずの不幸体質と間の悪さにより、頼まれ仕事先の山で遭難しかかる美袋。もうダメかという彼の前に現れたのは白亜の館だったが……。やっぱりそこで殺人が起きる。館の主だった故・大栗博士を偲んで集まる“門外不出の四重奏団”、ファウストの見立て、真っ黒い錬金術師のような不審者にホムンクルス……いわゆる「黒死館」な道具立てを取り揃えて、大長編な趣の中、「長編には向かない」メルカトルによって、超高速黒死館と化し、あっという間にカーテン・フォールにたどり着く。

 一応の伏線と論理立てによって、殺人事件のロジック自体は突拍子もないながらもきちっとしている。あっさりとした最後のあとに、美袋も身に降りかかるとんでもない不幸もこれまたあっさりとメルカトルから告げられて幕。

 

「不要不急」

「名探偵の自筆調書」

 この二編はファンサービス的な掌編というか、短文。なんというか、最後に待つ霧のような不穏さが、メルカトル物のある種の本質であるという、そんな気がしてくる。

 

「囁くもの」

 推理や内容はいつもの感じだが、名探偵の推理を保証する“都合のいい手がかり”はいったいどこからやってくるのか、それを囁いているものとは何なのか、そんなミステリの外側を意識するものとなっている。

 

「メルカトル・ナイト」

 なんとなく事件の構図は見えやすく、推理自体は薄味かもしれないが、そっちかよ、みたいなオチとそのために事件を導くメルの邪悪さというか、名探偵の恣意性みたいなのが黒光りする作品。

 

「天女五衰」

 どこかかつての「瑠璃鳥~」が残響しているような一作。中心の事件は珍しく犯人がトリックを弄し、イレギュラーが重なって殺人が増えるのだが、その増えてしまった被害者について、銘探偵はどこまで関与しているのか。考え出すと晴れたはずの霧がまた論理を蔽ってゆく。

 

「メルカトル式捜査法」

 これまでの短編の総決算みたいな一編。すべてはメルカトルが銘探偵であるために存在している人形劇ということなのか。らしくないメルカトルのあれこれが、手掛かりに反転し結ばれる論理は恣意的としか言いようがないが、メルカトルだからこそ許される、否、メルカトルだからこそたどり着いたロジックの形だろう。ギャグっぽい幕切れがどこか禍々しいのもこのシリーズの味か。

 

 全体的に、いつもの麻耶的な挑戦があるのはうかがえるものの、それがミステリ・ロジックの求道的以上に面白いかというと個人的には疑問ではある。ロジックの裏側――それがどこからやってくるかにせよ、どこまで行っても大文字の“作者”しか浮かんでこないので、以前からしたらどこか後退しているような気がしなくもない。

 かく語りきもそうだが、ミステリマニアたちの席で出るネタに振った過激さを追及したら、それができました、という感慨以上のものを私は感じなくなっている。その超絶アクロバットができるのはすごいことだが、できてすごいとしか言いようがない(それだけでもすごいということは確かだろうが)。そこにはもう、大仰な言い方をすれば、ミステリを用いて異界をかいま見る、そんな快楽がなくなっているような気がするのだ。あと、やっぱり、ミステリにおけるロジックって、見世物みたいなものというか、こうこうで遺漏ありませんと説明するものではなく、それ自体を楽しく盛り上げるものだと思う。