Impression
中国人で日本在住の作家、陸秋槎。これまで日本で翻訳された著作はデビュー作の『元年春之祭』、『雪が白いとき、かつそのときに限り』『文学少女対数学少女』。ミステリの、特にロジックのあり方へ切り込んだ意欲的な作品を書いてきた著者だが、新作『盟約の少女騎士』は、日本の星海社の依頼で書き下ろした作品だ。
その最新作は、これまでの作品とは異なり、騎士を擁する王国を舞台にした物語となっている。若き女王率いる少女だけの騎士団と王国の後継者争いを軸に、主人公サラが遭遇する、謎の教義を持つ者たちの集団自殺。彼らが奉じる教義をしたためた文献をはじめ、旧世界の古代文書は少女たちの世界のいかなる秘密を内包しているのか。少女たちの騎士物語の裏側にちらちら見え隠れするSF的なテイストが本書のキモかもしれない。
感想
※ネタバレかどうか迷うものの、一応この世界の設定について書くので、何も知らないで読みたいという人は注意。
この作品、先に言っておくと中世ファンタジー×ミステリと言う売り出し方をしているのだが、ファンタジーと言っても魔法やらドラゴンとかが出てくるわけではないし、大量自殺事件の謎というのも、ミステリ的に引っ張ったり意外な形で解明されたりするわけではない。あくまで、女性に相続や騎士になる権利が認められている異世界王国のカタチをその象徴たる少女騎士を中心に描いた作品という感じである。
異世界ファンタジーと言って現在の日本人が思い浮かべやすいRPG的な、まあ、悪くいってしまえば借り物的な「中世ファンタジー」に背を向けるような、独自の言葉で異世界騎士の王国を描くことを、著者は目指しているように見える。しかし、面白いのは、この世界が、日本的な借り物「中世ファンタジー」の文献――旧世界の古代文書とされる――おそらくライトノベルやゲーム小説・攻略本の類を国の神話や聖典として位置づけ、それによって国の体制を作り上げている点だ。そして、その「物語」である聖典に女騎士が存在するからこそ、サラの王国は女性たちの権利が認められている。つまり、ポストアポカリプス的なSFの手法を用い、日本のマンガ・アニメ的なファンタジーによって、少女騎士たちの王国という「ファンタジー」を打ち立てるという、なんともメタ的な構造を経て著者は異世界を構築しているのだ。
なので、本書はその旧世界文献についての説明や設定が一番面白い。今の文明が滅びた後に残された膨大な文献の中から事実の記述と虚構の記述を判別するにはどうすればいいのか、この辺りは著者が拘泥する後期的クイーン問題の姿が垣間見えるし、それを判別するための〈虚構事象の原則〉のタームとして「ドラゴン」が出てくるのがマンガ・アニメ的ファンタジーを見据えた形で面白い。
一方、物語自体は結構淡白で、大量自殺事件の謎はあまり謎になっていないし、登場人物たちも大きな話の顔見せ的なもの以上の魅力を出せていないように思われる。唯一の例外が、終わり近くになって登場する泥棒少女スーで、彼女の登場で物語は全体的に彩や動きを見せる。序盤からスーをメインに立てて、貧民から騎士を目指す彼女とそれを指導する主人公サラという軸で展開されていたら、後半の展開がもっとドラマティックになったと思う。あくまで、今作は大きなサーガの第一歩。とはいえ、もう少し物語のうねりや政治謀略のサスペンスが欲しかったところ。
この表紙やキャラクター紹介イラストに比して、内容は結構硬派なテイストでちょっとミスマッチに感じたものの、果たして彼女たちは旧世界の人間たち――我々の生き残りなのか。もしかしたら彼女たち「新人類」は残された旧世界文献のように、旧世界の人間たちによる「中世ファンタジー」の遺物だったりするのかもしれない。