蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

舞阪洸『彫刻の家の殺人―御手洗学園高等部実践ミステリ倶楽部〈2〉』

彫刻の家の殺人―御手洗学園高等部実践ミステリ倶楽部〈2〉 (富士見ミステリー文庫)

 御手洗学園シリーズ第二弾。今回もまた、実にストレートな本格もので、登場人物表に見取り図に、読者への挑戦もついております。

 クオリティも前作に勝るとも劣らない秀作なので、こちらも本格好きにおススメしたいですね。

 今回は長編ということで、結構ゆったりと進み、事件が起きるのは二百ページ以降になってから。色々とエピソードはありつつも、そこまで事件に関係ありそうな話はあんまりないような、と思いつつ読み進めていましたが、それがきちんと伏線になっているところはなかなか。

 ジャグジーの中で発見された被害者は何故水着を脱いで、あるいは脱がされていたのか。水着は何故ジャグジーではなく、離れたプールの中に沈んでいたのか、という謎が設定され、奇妙な状況かつ伏線となっている手際はなかなかです。

 そして今回もまた、動機に関する部分が物語としての芯を通していて、その動機がメンバーにも波及してくるため、事件がより一層主人公たちと骨がらみになっている点がいいですね。あとがきによると、著者はエラリー・クイーン好きらしく、本格としてのこだわりみたいなものが伺えるそのあとがきも、なかなか読みごたえがありました。

 外装だけでなく、きちんとした骨格の古典ミステリを作ろうという著者の思いがあふれた作品となっていて、なかなかいい作品ですので、こちらもまた見つけたら手に取ってみることをおススメします。キャラクターがちょっと軽薄なところはありますが(特に今回の漫画家小説家コンビはスベリ気味)、締めるところは締めていますので、まあそこは過去のキャラクター小説を概観するようなつもりで。

あらすじ

  部長の西来院有栖の誘いにより、伊豆半島にある〈彫刻の家〉と呼ばれる館のパーティに参加することになった伊場薫子以下、実践ミステリ倶楽部の面々。館の主にしてサイケイグループ代表取締役の柴京遊薙(さいきょう ゆうなぎ)の誕生パーティは特に問題もなく過ぎてゆくかの思えた。今回ばかりは行く先々で死を呼ぶ男、榛原夏比古を死は避けるのだろうか。しかし、やはり事件は起こってしまう。

 被害者はプールの上階にあるジャグジーで発見される。その遺体は全裸であり、着ていたと思われる水着は下のプールの中に沈んでいた。どこか奇妙な状況。しかも、関係者全員にアリバイが成立してしまう。クラブの特別顧問、村櫛天由美はこのある種の不可能状況にどう挑むのか……。

 

感想 ※今回はかなりネタを割って話す部分がありますので、どうぞそのつもりでお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回もなかなかのクオリティで、著者のミステリを書くセンスは確かなものがあると思います。氷の彫像に水着を着せてアリバイを作るというオーソドックスなトリックではありますが、それを不可解な死体の状況として演出し、またそれによって解体する手つき。そのための状況設定などもいい。みんながプールの氷像を被害者と誤認しているシーンでの真赤な夕陽の描写も、禍々しさの予感の演出とともに、正にその時トリックが行使されていたという瞬間として読者に刻み付ける筆致が巧いですね。

 今回は死体が発見されるまで二百ページ弱あるのですが、その中のよけいとも思われる行動こそが犯人を特定する伏線になっていたりと、ゆったりとした中のエピソード自体を手掛かりとする、そういう部分もまたミステリ作法としてうれしい。

 そして、あとがきでクイーン好きと語っていることが伺える二重底の解決。父の復讐心を操る幼い娘という構造が浮かび上がり、同時にこの解決が思わぬ動機を明らかにします。単に自分がしている投資の資産を増やすために、祖母を殺すことを父に示唆するという娘の無邪気で、だからこそインパクトのある動機。そしてそれが、冒頭の有栖の家や有栖自身が投資によって生活している設定の話と結びついて、投資仲間でもあった少女のその動機が、有栖に思わぬ形で向かってきます。それによって、前回以上に事件がメンバーに迫ってくる形となっています。特に有栖にとっての事件となったことで、今回は前回では警察から情報を引き出す以上の役割があまりなかった有栖の回と言えそうです。

 そういうふうに事件とメインの登場人物を結びつけることで、物語とミステリをきっちりと結び付け、作品としても芯の通ったものになっていたと思いました。そういう、物語構成もなかなか巧いな、と。

 結局、このシリーズはこの作品で事実上打ち止めとなっていて、著者自身は第三作を書く意思があったようなので、とても残念です。東京創元社あたりが拾ってくれなかったのかなあ……と今さらながらに慨嘆してしまうのでした。