蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

富士見ミステリー文庫の隠れた良作:舞阪洸『亜是流城館の殺人―御手洗学園高等部実践ミステリ倶楽部』

亜是流(あぜる)城館の殺人―御手洗学園高等部実践ミステリ倶楽部 (富士見ミステリー文庫)

 かつて富士見文庫にはラノベのミステリーレーベルという存在があった。富士見ミステリー文庫。自由な形で様々な快作珍作含めたライトノベルミステリが生まれ、そして消えていった。そんななかで、本格ミステリとしての結構を備えた作品も多数刊行されていた。そして、この作品はそんな直球のミステリとして申し分のないクオリティを示していて、本格好きはもしどこかで手に取ることがあったら是非読んでみて欲しい、そんな作品なのだ。

 あらすじ

 御手洗高校に進学した伊場薫子は、ミステリー作家になる夢を秘め、一年生狙いのサークル勧誘の中を彷徨っていた。目指すはミステリ倶楽部、そこなら創作について色々と話が聞けると思ったのだ。しかし、それはなかなか見つからない。ぐるぐる彷徨う雑多な人の渦の中、突き飛ばされて尻もちをついた薫子は、メイド姿の麗人に助け起こされる。助けられたついでにミステリ倶楽部の場所を聞く薫子だったが、メイドに教えられた倶楽部の場所として、何故か洋館にたどり着いてしまう。なんで学校の敷地に洋館が……そう思いながらも足を踏み入れた薫子は、執事とメイドを控えさせるその洋館の主にして、“実践”ミステリ倶楽部の部長、西来院有栖に見込まれ、いつの間にか実践ミステリ部に入部することになってしまう。

 有栖を部長とし、薫子を導いたメイドの服の麗人――女装男子である榛原夏比古、そして、大学院生でありながらなぜか有栖の洋館に入り浸る村櫛天由美という個性の強い人物たち。おまけに彼ら実践ミステリ部とは、薫子が思うようなミステリ倶楽部ではなく、実際にミステリのような事件に探偵よろしく介入し、解き明かす倶楽部だったのだ。

 「殺人を呼ぶ」体質である夏比古、そしてその家のコネクションで警察から強引に情報を聞き出す令嬢の有栖。何故か特別顧問として入りこんでいる大学院生の天由美。そんな実践ミステリ倶楽部のメンバーの中に組み込まれた薫子は、やがて実際に事件に首を突っ込むことになってしまうのだった。

 

感想

 富士見ミステリー文庫の作品の中でも、かなりきちっとした本格ミステリになっているのではないでしょうか。ちょっと古臭いジャンプネタとか軽薄な表層を装いつつも、確かなミステリに対する力量を感じさせる作品です。ただ、女装男子に対する冷やかしみたいなしつこいネタ描写は、今となってはジャンプネタ以上に鼻につく人も多いでしょう。

 “御手洗”学園やナツヒコやアリスなど、本格ファンへの目くばせ的なものがあるように、著者の新本格ミステリに対する思い入れが伺えます。霧舎学園やアリスガワ学園といったネーミングの先駆だったり、死神体質の人物を使って事件に介入していったりと、メフィスト的なものも感じたり。

 本作は中篇の「完全密室の死体」と表題作の二本立てで、いずれもミステリ作家の別荘を訪れた先で遭遇し、被害者は作家という薫子の憧れの存在。

 現場はどちらも密室状況で、表題作にはきっちり見取り図もついています。

 事件当時の状況を少しずつ整理していくことで、不可能興味が浮き上がってくるワクワク感。そして、その状況の矛盾を、ある視点を導入することで解明の道筋へと一気に開ける推理の感興が、伏線回収とともにきっちりと決まっていて、なかなか基礎のしっかりとした良作です。

 そして、この作品、意外と芯がしっかりとしているというかドタバタコメディ的な中に生真面目な部分があって、それが探偵役である村櫛天由美のキャラクターです。彼女は、どことなくミステリアスな部分を持ちつつ、いつもは有栖の執事にビールを所望してはそれをぱかぱか飲み干す豪快な酒豪なのですが、「完全密室の死体」の事件後に薫子相手に自身の夢を語るセンチメンタルな部分が印象に残ります。

 また、彼女は動機についてあまり語りたがらず、動機というものは、本来分からないものを他人が不安だから納得するためにでっち上げていると語ります。とはいえ、どちらの作品にも読者を「納得」させるような動機は語られ、それによって一見軽めに見える雰囲気の作品に芯を通す形にはなっています。

 しかし、それでも動機というものは、本人にもわかっているようでわかっていないものなのではないのか、届きそうで届かない犯人の心の裡を、どこか遠くを見やるように語る彼女の存在は、この作品をより印象深いものにしています。

 そして、彼女が作家なるモノに思いをはせる、はっきりとは語られないものの、それとなく示唆された背後の物語がまた、作品に厚みを持たせています。単純に憧れている薫子との対比もまたいい感じです。