蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』

 細田守によるデジモン劇場版の二作目。2000年制作。

 細田守が長編劇場映画を監督する以前の40分の短編作品でありながら、この作品を監督のベストに推すファンがいまだに多い一作。また、初のオリジナル長編アニメ『サマーウォーズ』のプロトタイプともいわれる。それどころか、サマーウォーズよりも完成されているという評もあったり。ほんとかそれ、と古参ファンの通ぶった仕草を少し疑いつつ視聴した次第。

 ちなみにデジモンは全く知らない。細田作品については時かけ時をかける少女)から遭遇し、最新作になるにつれて心が離れていっている。

 まあそれはともかく、本作についてだ。予備知識ゼロで観たが、それでも一気にこの世界に引き込まれ、楽しむことができた。

 プロットはシンプル。

 少年たちがネットの中に見つけたデジモンの新種。それはネットの情報を食べて進化するもので、やがて情報を食う速度は加速し、Posシステムをバグらせたり、NTTの回線をパンクさせるなどの「いたずら」もエスカレートしていく。ついにはペンタンゴンに侵入し、核ミサイル「ピースメーカー」を発射させる。どこに落ちるかも分からないそれの着弾までの時間は10分。それまでにコピペし増殖し続けていくデジモンの中の時計を持つ一体だけをしとめる――それは、少年たちが参加するにはとてつもなく危険な「ゲーム」だった……。

 ネット上に生まれたバグが色々悪さしてついには何か落っこちてくるのをみんなで止める、というと『サマーウォーズ』の基本プロットまんまといえばまんまではある。それをシンプルに突っ走ったのが本作で、キャラクターをクッキリさせつつ、そこからの派生の枝葉をたくさんつけたのが後者という言い方もできそう。

 ただ、内容というか、演出的なものは真逆なものが目立つ。特筆すべきなのが電話の使い方だろう。電話は「サマウォ」ではどちらかというと、ローテクの象徴で、老婆が黒電話でこれまでの人脈を一つに集約する姿が描かれた。半面、2000年の「ぼくら」の時代はインターネット黎明期で、まだどの家庭にも固定電話があり、子供たちも連絡手段の一つとして使いこなす現役のツールだ。また、「ぼくら」では「サマウォ」とは逆に、序盤から主人公の太一は仲間に緊急招集をかけるべく電話をかけるのだが、これがなかなかつかまらない。最終的に全員につながるわけでもなく、つながったメンバーだけでなんとか対処するというのも、サマウォで過剰気味に強調されていた“絆”や“繋がり”とは違う手触りがする。

 あと、電話を介して敵のデジモンが「もしもし」と合成音で語りかけてくるところなんか、ちょっとぞくっとする演出で結構好きなところだ。ホラーテイストなファーストコンタクトが好い。

 また、ネットにつながっている人に対しても両作は対照的で、本作も主人公たちの戦いを世界中の人(主に子供たち)が見ているのだが、それらがポジティブな意思を持って集合し、主人公たちを救う、のではなく、外野はあくまで外野でしかない。メールを送ってくる中には主人公を励ますものもあるが、なにやってんだよ、という声もどんどん届く。とはいえ、ネガもポジも実のところ、主人公たちの通信しているパソコンに負荷をかけるDDOS攻撃まがいのことでしかない。メールを送らないでと言っているのに、ひっきりなしにメール(自分の意見)を送り付けるネットの外野という描写のほうが、正直、今日性というか、アクチュアリティはある。そして、その世界全体の善意とか悪意とか関係なしに、それすらも利用することで敵に勝つという構図は、一体的なエモーションは喚起しないかもしれないが、私としてはこちらの方がなんか爽快感があった。エンターキー押すのがさらっとしているのもイイ。

 作画自体は正直なところ、ちょっと前に超作画の『スプリガン』(しかしこれ1998年……)を観てたこともあり、ギャップがすごかったのもあるが、キャラの輪郭線がめちゃくちゃクッキリしてて、なんかすごく“描いた絵が動いてる感”がしていた。しかし、この輪郭線がやたらクッキリしているのも、終盤の演出のための下準備なので侮れない。後年の「サマウォ」を思わせる電脳空間の質感はなかなか凝ってるし、バトルシーンも悪くない。しかし、なんといっても素晴らしいのが、夏の空の質感だ。立ち並ぶアパートに切り取られたまっさらな空、少女が寄りかかる窓辺ごしの空、並ぶ子供たちの影と空。そして、その水色の空にまっすぐ飛行機雲が斜めに伸びる構図――この多用される空の構図に引かれた白線が、ノスタルジックから緊張感をたたえたモノへと変わる演出の力。日常が非日常に変わる決定的な瞬間を、「もう一つの飛行機雲」で演出してきたのはほんと凄かった。青空と飛行機雲をただ夏の象徴として映しているのとは違う。

 わずか40分のなかに満ち満ちた演出の力が、なかなかに目を見張るものがあって、確かに凄い凄いといわれるのはわかる。テクノロジーをリアル目に描きつつ、最後に劇中の少年たちやその向こうにいる視聴者の子供たちに少しファンタジーを贈る、という塩梅もいいし、「繋がる」というテーマを少年と少女の喧嘩と和解をメールのワンポイントで演出する抑制ぶりも好ましく感じた。

 ある意味、細田監督の最良の部分が詰まった作品であることは間違いないと思うので、観ていなければ観て欲しい一作。

 

デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム