蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

泡坂妻夫『雨女』

 

 「雨の女」「蘭の女」「三人目の女」の前半三作の「女シリーズ」(?)は、最近あまり見かけなくなったような気がするエロティックミステリ。とりあえず女の人が出てきてセックスするみたいなサービスシーン(まあ……)を盛り込んだだけの安直なものもあったろうが、性愛的な要素をミステリに昇華させていた書き手は連城三紀彦やこの泡坂妻夫など、確かにいたのだ。

感想

 「雨の女」は、刑事が雨の日のたびに見かける女の姿を発端に、やがて彼女の夫の自殺事件とその状況の不可解さから浮かび上がる殺人疑惑。死んだ男を夫中心に二人の女の何とも言えない関係性と情念が立ち現れる。その二人の女性のはっきりした部分と全く見えない部分とのコントラストが死を中心にゆらめいている。

 「蘭の女」は、原理的には植物と性愛のオカルトめいた効果なのだが、不可解な依頼から始まり、温室での三日だけの妖しい同衾という幻想性で包むことで、結末もまたどこか何とも言えない幻想性を獲得しているように思われる。

 「三人目の女」は、東洋医学の性カウンセリング施設という、なんていうかアダルト系のネタみたいな要素を中心に、そこに出入りする三人の女を追いかけた雑誌記者はある秘密を掴む……という感じでちょっと下世話な展開から、最後はぐしゃっという恐怖で終わる。

 残りの三作、「ぼくらの太陽」「危険なステーキ」「凶手の影」は本格度の高いミステリが取りそろえてある。

 「ぼくらの太陽」は、学生からの仲良し男性グループ(全員名前の漢字が同じという著者らしいややこしさ!)が旅行中に遭遇した死体に追いかけられる! という強烈な謎が光る一作。死体をめぐって右往左往しているうちに警察には同時発生中の宝石強盗と間違えられたりてんやわんやな中、クイーンの某有名作みたいな手がかりからの謎解きがあざやかで、宝石強盗の話もすっきり謎解きの中に納まっていく。

 「危険なステーキ」は、「煙の殺意」にも登場したテレビ中継大好きな望月警部と死体にしか興味がない鑑識の斧技官のコンビが再登場。ステーキチェーン店で起きた殺人を同時に起きているハイジャックのテレビ中継を見ながら解決する。前回の「煙の殺意」を意識したようなスケールの大きなダミー推理をへて、別の側面からハイジャックを手がかりとして拾い、展開される推理は泡坂妻夫にしては逆説的ではなく、物証を基にしたけっこう正統派な推理。

 「凶手の影」は、流しの泥棒家業を営む男を主人公に据えた一作。ある寿司屋に潜り込んで店主が溜め込んだ金を盗んで逃げるはずが、計画に齟齬が生じて抜き差しならない事態に陥ってしまう。とぼけた味わいかと思いきや、トリックを含めてどこかおぞましい展開に転がってゆき、最後の場面の幕切れとしての「絵」はとびっきりのホラーである。