蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

映画『夏へのトンネル、さよならの出口』

 だいぶ前になってしまったが、夏の終わりの締めくくり、というわけではないが『夏へのトンネル、さよならの出口』の劇場アニメを観に行った。感想としては、なかなか悪くなかった。同行者は意外性がなくてなんかすごいストレートだと言っていたが、まあ、それはそうかも。

 原作の小説は結構前に読んでて、実のところ劇場アニメ化には驚いた。こう言うとなんだが、『君の名は。』の影響下にある流れの企画みたいな気はするが、もちろんそれは私の憶測にすぎない。

 とはいえ、昨今のアニメ映画によく見かける青みの強い、ひと夏の青春映画ではある(というふうにあんま好きじゃない映画評論家が言っていた>責任丸投げ。ていうか、それはホントによく見かけるものなのか?)。とりあえず、以下あらすじ。

 

あらすじ

 田舎、ボーイミーツガール、そして時間SF。物語は、ウラシマトンネルという、中に入ると何でも欲しいものが手に入るトンネルを軸に進む。小さいころ、妹を失った塔野カオルは噂でしかなかったそのトンネルを見つけ、人知れず探索を行う。そして、塔野はトンネルの中と外の時間の流れが異なることに気づく。さらに、そのトンネルの先に失った妹がいる可能性も。

 一方、塔野の学校には、季節外れの転校生が来ていた。東京からの不愛想な転校生、花城あんず。偶然、傘を貸したことから塔野と接点ができた彼女に、ある日ウラシマトンネルの存在を知られてしまう。「私も欲しいものがあるの」そう言って、塔野と“共同戦線”を持ちかける彼女。それぞれの「欲しいもの」を求めて、彼らの、二度と引き返すことのできない夏が始まった。

 

感想

 ウラシマトンネルでは、ほんの数秒が外の世界では何時間もたってしまう。光速に近いスピードで移動することによって、静止している観測者に対して時間の流れが遅くなる「ウラシマ効果」という、ある種定番のSFガジェットを元ネタに、トンネルを黄泉の世界的な――イザナギイザナミの神話的なモチーフとしても重ねている。

 ウラシマ効果というSFガジェットを鮮烈な形で描いたアニメと言えば、庵野秀明が監督した『トップをねらえ!』を挙げる人は少なくないだろう。ロボットで宇宙に出撃していくたびに、地球では年単位で時間が過ぎ、同級生をはじめとした故郷の人々から置いてきぼりになる少女の孤独な姿。最近だと、『バズ・ライトイヤー』が光速を超えるテスト飛行のたびに、当初の仲間たちを見送っていく姿が記憶に新しい。

 ウラシマ効果の特徴というのは、取り残される孤独感というのがミソなので、主人公の周囲の人間や社会の状況という「大きな世界」との時間によるギャップが大きいほど効果的なギミックと言える。

 しかしそういった定石とは逆に、この作品はあくまで塔野と花城という、二人に極限してしぼり、時間のギャップは彼ら自身の時間にフォーカスすることになる。そもそも、塔野は妹を死なせてしまった罪を親からも背負わされ、母は出ていき、父も塔野ではなく妹の方が生きていればと本人の前で漏らすような状態なのだ。彼はもう、妹が生きていた過去に取り残されている。いまさら世界に取り残されることなど、どうでもいいのだ。

 この作品はウラシマ効果という要素について、時間を跳躍するか否かの決断に焦点を当てている。調査して一日で六年ほど経過することが判明したそれを実行するかしないか。そして、その決断をやはり孤独感が後押しする。

 塔野と花城はその欲しいものにおける性質が真逆だ。塔野は過去に失った者、一方、花城は未来に向けた不安を解消するための才能。願望が過去と未来を向く二人の違いはやがて、はっきりとした形で現れる。描いたものの、自信がなく応募できなかった花城の漫画原稿。それを塔野は読ませてもらい、彼女の背中を押す。そして応募した原稿が編集者の目にとまり、花城はその漫画家という夢への足掛かりをつかむ。彼女へと開かれた未来。カフェでそのことを話すシーンは二人の決定的な違いを残酷なまでに映し出す。それまで映画は、二人の共同戦線としてすごく普通な、ありていに言えばベタなひと夏の青春物語として展開される。雨の日に傘を貸した/借りた関係からふとしたことで秘密を共有し、一緒に図書館で調べものしたり、休日には水族館に行ったり花火を見たりして二人の距離は近づいていく。しかし、その求める物への方向がやがて彼らを隔ててしまう。花城がつかんだ“未来”は今いる世界とつながっている。だからこそ、塔野は花城を置いていくしかない。彼には「今」から繋がることのない、過去しかないのだから。

 映画はそんな彼らの決別とそして再会を主眼として描かれる。彼らの想いが時空を超えて繋がるのが携帯メールを介してというのは『ほしのこえ*1っぽいが、ウラシマ効果はあんまり関係なく割と超常的な現象だったり、その演出だと直近であの南極行くアニメ*2の方がどうしても優れているとか、そういう思いはあるが、少年少女によるひと夏の物語としてのまとまりはよいと思った。

 それから、この作品は新海的な美麗でリッチな美術で圧しまくるみたいな絵づくりよりも、どこか静謐な空間と間を大事にしている感じで、夜明け前の花城の部屋で塔野が花城の描いた漫画を読んでいて、それを落ち着かなげに伺う花城の様子とか、前述したカフェでの花城の漫画デビュー告白後の何とも言えない間とか、薄暗い水族館での彼らの距離感とか、そういうのがこの映画の一番の美点のように思った。個人的には、花城の部屋のシーンと水族館のシーンが好きだ。特に水族館はくっきりはっきり見せるのではなく、薄暗く人も魚もどこか影のような雰囲気なのが自分的水族館なイメージなので、この映画の中でもとりわけ心惹かれる場面だった。

 

 

*1:新海誠監督作(2002年)

*2:宇宙よりも遠い場所』(2018年)