蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

ツカサ『中学生の従妹と、海の見える喫茶店で』

中学生の従妹と、海の見える喫茶店で。【電子特典付き】 (MF文庫J)

 

 タイトルがなんというか、なんというかなタイトルだが、とてもよかったので。

 てか、そもそもラノベをあんまり読まなくなって、そのなかでも普段自分が手を出さないタイプの(というか、普通小説でも手を出さない)物語だが、読んでみるととてもよくできたシリアスさとチャーミングさを備えたひと夏の物語としてお勧めしたくなった。

 一応、ラノベなラッピングはしてあるのだが、中学生の従妹とその友達以外は、登場人物たちは主人公含め大学生以上(高校中退者もいるが)なので、メイン読者層は高校生以上のそこそこ高目もリーチしているような気はする(まあ、ラノベの読者層が中高生という認識自体が古いのではあるが)。

 物語としては、かなりテンプレだ。夢を持って行った都会の大学で上手くいかず、ホストをしながら燻っていた主人公だが、叔父夫婦の死をきっかけに、かつて夏休みに訪れていた海沿いの田舎町で、彼らの残した喫茶店を、その一人娘と経営することになる。そこで、くすぶっていた過去にけりをつけたり、自分の夢について再考したりする。

 まあ、なんというか、疲れた都会人が田舎の人たちと触れ合って再起するみたいな、好きな人は好きだし、嫌いな人は蛇蝎の如く嫌うタイプのテンプレ。ただし、この物語はそこまで露骨な主人公への“癒し”はフューチャーされず、主に、主人公は遺された従妹の「夢」をあきらめるよう、ある意味「大人として」接していくところがメインだ。

 この小説は、ラノベらしい一発ネタみたいな目を引く尖った要素は特にない。まあ、両親が死んで、遺された喫茶店の経営を続けようとする中学生というファンタジー部分がそうとも言えなくはないが、この小説はそのファンタジーをシビア目のリアリティで下支えして、ふわふわなりすぎないようにしている。思ってた以上になんか生真面目なのだ。

 まず、主人公は従妹に頼まれる形で喫茶店の経営を手伝うことになるのだが、従妹を引き取ろうとする伯母同様、それがどだい無理なことは分かっている。しかし、自分自身も都会で夢に破れた彼は、はっきりとそれを従妹に突き付けることにためらいがあるため、彼女を助けつつ、その中で彼女に無理だと悟らせようとする。

 伯母ほど大人ではないが、ソフトランディングな方法を提案し、同時にひと夏の間というモラトリアムな期間に逃げ込む、ある程度の狡さも持った主人公だが、それでも従妹に真剣に付き合う。あくまで真剣に付き合いながら、だからこそ、それでもダメだと彼女に気づかせようとする、そこにある生真面目さがこそが、この物語にテンプレとは違う独自性を持たせている。

 一生懸命、従妹の少女と頑張って立て直していくのではなく、彼女にその夢を諦めさせるための物語。結構後ろ向きの物語だったりするんだけど、そのぶん、純粋に頑張ろうとする従妹の少女は健気で、そして危ういものとしてヒロインたちの中でもくっきり浮かび上がる。

 少女とのどこか危うい喫茶店の再開と奮闘をメインにしつつ、主人公の初恋の残滓とか、かつての幼馴染であった同年代の少女との再会とか関係性の再形成みたいなのも見どころというか、その辺をかなり丁寧に描いていく。まあ確かに、テンプレと言えばテンプレなのだが、それをテンプレと感じさせない、人物たちにとってかけがえのないものとして丁寧に描いていくことが、同時に読者にとってもかけがえのないものとしても感じられる。それが、この小説の最大の美点であり、武器だと思う。

 主人公のホスト設定もただの特異にふった設定で終わらずに、割とハーレム的な状況への緩衝になっていたり、物語上の主人公の「初恋」みたいなものとつながっていたりと、意味を持たせているのも丁寧なところだ。

 この作品は、主人公とその従妹を中心としたドラマ部分もいいのだが、その夢を軸にしたパートと並んで、恋愛小説的な部分もきっちり見どころを用意してある。

 正直、ヒロインとしては釣りタイトルというか、ドラマ部分のメインはともかく、恋愛的な部分はかつて喧嘩別れした幼馴染キャラに譲るのかなーみたいな部分で見てたところがあったのだが――なにせ、その幼馴染との「デート」場面は物語的に重要な部分も担っていたり、好いキャラクター性も出てて、好きになる人は多いと思う。

 しかし、そこでも従妹キャラがきちんとメインヒロインぶりを発揮して、素晴らしい見せ場を作っていた。それが以下の場面から始まるシーンである。

中学生の従妹と、海の見える喫茶店で。 メロンブックス特典B2タペストリー

「ナンダコレハ」。これは小説の口絵にもなっている場面だ。夏の海で恋人たちが水をかけあってキャッキャするという、スターウォーズep2のアナキンとパドメの草原キャッキャゴロゴロばりの古典も古典というか、コテコテのテンプレシーンにしか見えないだろう。自分も口絵を見た瞬間「ナンダコレハ」という、ちょっと気恥ずかしい気分の方が強く、読んでいるうちに忘れていた。

 しかし、ここがとってもいい場面なのだ。ここから続く(浜辺で追いかけっこしたりもする!)一連のシーンは、すごくチャーミングで彼らの関係性が変わる決定的な部分を描く見事なシーンとなっている。前述したように、テンプレなんだけど、そのテンプレが登場人物たちにとってかけがえのないものになるように周到に構築され、それによってこのテンプレが、その無数にあるものの中から、読者にとってもかけがえのないものとして輝きだす。その描き方が著者はかなり上手いのだ。

 ひと夏のチャーミングな恋物語として、時期的にも最適な気がするので、この夏読むのにおすすめしたい本である。一巻で一応きちっと終わってもいるし。

 続編はあるならあるで読みたいが、この一巻の最後の瞬間で閉じ込めてほしい気もする。その辺はちょっと悩ましい。

 

 

以下はちょっとしたネタバレになるので、読了後にお願いしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラストもとてもいい終わり方で、絵を描くという繰り返しが、その「じっと見ながら」という性質を上手く使っていて、好きだった人との違いを浮き立たせる使い方としてとてもいいし、そして、じっくり見ることで「二度目の初恋」に落ちるシーンは映画のストップモーション的なインパクトもある。変に後日譚的な余韻とかで引き延ばしたりせず、スパッと終わるのもこの小説に込められた恋愛的なアプローチとしても良かったと思う。

 

 

 

 

 あと、ここからすごく個人的な嗜好でどうでもいいし、気持ち悪い話なのであんま読まなくていいのだけど、いとこ(同年代をはじめ、従妹・従姉・従兄に従弟どれでもいいぜ)キャラって、割と好きなジャンルなんだけど、地雷がそこかしこにあって積極的に手を出しづらいジャンルだったりする。その地雷というやつは、実は血縁関係なかったというやつで、なんていうか、兄やら叔母やらの2親等3親等とかいう連中と違い、現実的にもギリギリなところが特徴だと思うのだが、そこで安心してくっつけますよ(別に法的にはOKにもかかわらず)と言わんばかりに義妹要素みたいなものをぶっこまれたら、じゃあなんで設定した! という気分でブルーになるからである(信じられないことにエロ本でもあったりする!)。そういう創作に安心もくそもないと思うのだが、やはり、そのギリギリ性が著者によっては日和らせる原因だろうし、同時に私にとって核地雷になる可能性を引き寄せる要因でもあるのだろう。

 ぶっちゃけ、この小説の続刊についてそこまで積極的ではない要因は、半分くらいはこれを警戒しているから、というのもあったりする(いやまあ、ほとんど完璧な終わり方してるからというのが大きいけど)。気色悪くて済まない。