蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

エラリー・クイーン『フランス白粉の謎』/中村有希 訳

フランス白粉の謎【新訳版】 (創元推理文庫)

 

 というわけで、創元推理文庫の国名シリーズ新訳第二弾の感想。

 久々の再読でしたが、再読しても、というか再読の回数が増えるごとに楽しく読めています。この作品、初めて読んだのはたぶん『Xの悲劇』『エジプト十字架の謎』の次くらいだったと思うんですが、その時は謎解きがすごい退屈に感じたんですよね。まあ、クイーンは慣れるまではトリックも意外な真相も特になくて退屈、という印象が続いていたのではあるのですが、この作品は、読者への挑戦を経てまたゆったりと舞台を整えるのに紙幅を使ったりして、それがまた当時のせっかちな自分にはイライラさせられたり。で、始まった推理もほとんどがそれ以前にエラリーが折々に披露した推理で、それ読んだよ……でまたイライラ、みたいな感じだったんですよね。

 エラリーが結構あからさまに推理を先出ししてくれてるのは、それを組み合わせていけば、犯人が大体絞れるよ、というフェアネス精神だと思うのですが、じっくり推理を検討するよりも犯人は誰なんだよ、というせっかちな当時の自分にはもう一回同じことを読まされたという効果しかなくて、退屈な印象が強まったわけです。

 というかこの作品、手がかりどころかメインになる推理のほとんどを読者への挑戦の前に、かなりあからさまに晒していて、犯人当てとしてかなり大胆なことをやっています。

 まあ、再読を重ねても最終推理時の回りくどさっていうのは感じないわけではないのですが、それらの推理が散りばめられた中盤――口紅や靴、アパートメントの鍵、吸い殻、ブックエンドなどの証拠を検討しながら、それぞれから推理を引き出していく過程は読み返すごとに面白さが増しています。終盤でこれらの推理を組み合わせて消去法を行う緊張感も好いのですが、個人的にはこの中盤の捜査パートが一番好きだったりしますね。

 死体がデパートの壁収納ベットから登場してくるところこそ衝撃的ですが、今回も事件としてはシンプル。前作の『ローマ帽子の謎』にあったような「消えた帽子」というメインになるような不可解状況&手がかりは、今回はなぜ死体はそんなところに隠されていたか? ということになりますが、この状況&手がかりだけでは犯人のところまではたどり着けない。メインとなる謎めいた手掛かりが最終的に犯人を串刺しにするのではなく、本作では、散りばめられた手掛かりを拾い、少しずつ犯人候補を絞り、そして手掛かり群の中にそれとなく隠された(と言っても結構あからさまだが)最後の手がかりによって犯人を串刺しにする。この最後の手がかりについての推理だけ、エラリーは挑戦前に明らかにしていないので、ここをそれとなく示された手掛かりを拾って突破すれば読者は犯人を見破ることができるようになっていて、ある意味ワンポイントに絞っている親切設計な犯人当てだったりします(まあ、それ以前にエラリーが披露した推理を組み合わせて犯人を絞り込む作業も必要ですが)。

 そして、第一作ではあくまでクイーン警視による事後説明でしたが、ようやく“名探偵”が事件関係者を集めて推理を披露(とはいえ、あくまで喉を痛めた警視の「代理」という体裁をとる回りくどさ!)。ある意味、この作品が「名探偵エラリー・クイーン」の初披露みたいなところがあるので、わざわざ覆いの布を取って、テーブルの上に並べられた証拠品一式を関係者たちに見せつけたり色々ともったいをつけてくるのも、作者の並々ならぬ意気込みというやつでしょう。

 

 ここからはちょっとネタバレの話題

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の手がかりについて。タイトルの「フランス白粉」の“白い粉”を先に出したヘロインの白い粉で意識させつつ麻薬という煙幕で、真に意味する“指紋検出のための白い粉”を目立たなくしているところがミステリ作家な妙味を感じて〇。麻薬組織も社会性がどうのこうのじゃなくてそのために出してるのも、いかにもダマシに徹するミステリ作家っていう感じでイイ。そしてこの手掛かりですが、実のところデパート関係者でそれを使っても違和感がない者=デパート付きの探偵という図式は、一見してそうなのか? という感覚がないわけではない。犯人の探偵の造形はどっちかというとハードボイルド的な荒事探偵っぽいし、指紋を検出したりしてるのか……? みたいな気がしてしまう所があります。しかし、そこでエラリーのあの“探偵キット”を作者は披露します。この作品限定で無理やり突っ込まれたような(とはいえ、後に活躍する舞台を著者たちは与えたりしていますが)妙な要素ですが、この中に指紋を検出する白い粉の入った瓶がちゃんと入っていて、いささか苦しいと言えば苦しいですが、探偵=指紋検出の粉という図式をエラリーを使って機能させていることにいまさらながらに気づきました。

 エラリーという「探偵」もまた手がかりとして機能しているわけで、この子供じみた「探偵キット」こそが、ある意味本作で一番ユニークな手掛かり(どっちかというとメタ手掛かり?)なのかもしれません。今回再読して、もしかしてこれも手掛かりだったのか、と思った次第でした。こういうのも再読の楽しみですね。