蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

 今日は『女王国の城』の下巻を読み返していた。やはり江神シリーズというか、クイーン流のロジックは好い。ことさら一から十まで伏線だとか、やたら細かく分けた公理を一つ一つ検討していくとかそういう感じじゃなくて、要点を押さえたシンプルさ。そしてその経路のプレゼンというか、推理の筋道の面白さで魅せてくる。かなり長大な作品だが、犯人にたどり着くステップは大きく分けて三つしかない。そしてその基となる手がかりもシンプル極まりない。しかし、たったそれだけで一人の人物を犯人と特定できてしまう。その魔術的な手つきというか、構造に改めて感心した。

 手がかりも洗練されていて、まず犯行に使われた拳銃による第三の弾丸が、たったその存在だけで犯行の順番とそれぞれの犯行時刻を特定してしまう。その急にピタッと秩序が生まれる瞬間のヤバさ。するっと状況と手がかりが代入された瞬間にガチっと固まる感覚はロジックの醍醐味だ。そして、いかにして拳銃を持ち込んだのか、というメイントリックにして決め手となる手がかりのもたらす奇妙な結論と、そこからの発想のジャンプであっと言わせてくる感興。分量に比して、手がかりやロジックの物量感やトリックのインパクトは『双頭の悪魔』に譲るし、その分一読して物足りなさをおぼえるかもしれない。しかし、このシンプルで鮮やかな手掛かりとロジックはやはり素晴らしい。そして、そのために綿密に作り上げられた舞台設定も言わずもがな。てか、煩雑になりがちなロジックミステリをここまでシンプルかつインパクトのある形にするのって、やっぱすごいと思う。読者にしっかりと手がかりを印象付けることも含め、ある種の理想だ。

 そういえば、江神シリーズにおいてミスリードはほとんどない。手がかりや真相をことさら誤導しようとしたり、隠すようなことはしない。手がかりはあからさまに示されていて、それをどう推理に展開させ、犯人への道しるべとするか。それに愚直なまでにこだわるという、今も昔も騙しのインパクトが求められるミステリにおいて、苦労しかないような方向だが、なんだかんだで、やはりそんなミステリが好きなんだな、と思ったりした。