蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

それは、いつか消えてしまうもののつながり:町田洋『砂の都』

 

砂の都 (モーニングコミックス)

 

人は生きる墓標だ

同じ人間が常に死に続ける

 本作は『夜とコンクリート』『惑星9の休日』で独特の“間”、というかある決定的な“瞬間”をセリフや線を極力削いで描く著者特有の漫画の質感を、さらに推し進めた作品になっている。

 『夜とコンクリート』は純粋な短編集で『惑星9の休日』は惑星9という舞台を固定し、そこに暮らす人々をピックアップする形で描く連作短編集だった。今作は移動する町とそこに住む青年と少女という舞台と人物を固定する連作短編集となっている。

 夜とわずかな影以外にはほぼほぼ使われないベタと最低限のスクリーントーン、そして細く一定の主線で世界を構成し、さらに砂漠を回遊していく町、という舞台が持つ砂や白々と照らす太陽の光というイメージが世界をさらにフラットにしていく。

 誰かの記憶が町に新たな建物を生んでゆき、そしてそれはやがて記憶が薄れていくように砂へと還る。そんなサイクルの町で暮らす青年と少女の出会いから、その触れ合いを軸にして、町の日常を掬い取っていくようにしてエピソードは重ねられてゆく。青年と少女のそこはかとない、くすぐったさのあるどこか懐かしい時間。著者独特の漫画の空間設計によって生み出されるゆったりとしたどこか懐かしさのある時間は、陳腐な表現をするなら「終わらない夏」のように読者を浸らせてゆく。

 しかし、その止まっているような時間は少しずつほどけてゆく。新しい建物は減り、崩れていくことの方が増えていく。変わらないようでいて少しずつ変わっていく。

 少女は小説を書き、賞に応募しようとしている。彼女の姉は五年くらい前に文学賞を取ったあと町を出ていき、結婚した。少女は姉の第二作を待っている。しかし、久しぶりに帰ってきた姉を見て、少女は姉が変わってしまったことに気がついてしまう。そして、おそらくもう二度と小説を書かないだろうことにも。もうからっぽで書けない。でも苦しくはない。そう、姉は云う。ただ、「いつかは消えてしまうものを売り物にしてしまった」――その言葉は、後悔だろうか。

 状況が変わってしまえば、私たちもみんな忘れてしまうのだろうか。今の気持ちも何もかも。そう云う少女に青年は自分は町を出るつもりだと告げる。建築の勉強をするために。俺は変わらないよ――青年は云う。たまには帰ってきてくれる? そう云う少女に頷きながら。

 ここに戻ってきさえすればみんな元通りだ。

 しかし、もちろん元通りにはならなかったのだ。

 はっきりしたようであやふやなもの。建物も、人も、誰かの記憶のように、変わらないようでありながら、やがて薄れていくなにか。それをとらえようとするかのような作品なのかもしれない。終わりになるにつれ、世界をかたどる線はどんどん薄れていく。空白も多くなっていく。だからこそ、最後に現れる“膨大な記憶”を視覚化したようなコマのインパクトはなかなかすごい。たくさんの誰かの、膨大であいまいな記憶。それもまたすぐに消えて、最後に残るのは、変わったようで、しかし変わらない気持ち。

 生きていけば、変わらないようで変わっていくことの連続だ。そして、変わらないと思っていたものもいつか消えていく。雨の中の涙のように。

 しかし、姉が失った気持ちを妹は憶えている。青年の隣に住んでいた老人の過去の記憶とその演奏を、かつての演奏仲間たちは憶えている。そして、青年と少女は共に過ごした記憶と気持ちをお互い、憶えている。

 たとえあなたの中の気持ちが、記憶が消えてしまったとしても、私は憶えている。それはあいまいで、それもまた薄れてゆくのかもしれないけれど――

 それでも、人間はそんなつながりでできている。