蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

十階堂一系『赤村崎葵子の分析はデタラメ』

 

赤村崎葵子の分析はデタラメ (電撃文庫)

赤村崎葵子の分析はデタラメ (電撃文庫)

 

  日常ミステリで多重解決ものとして挙げられていたのを目にして、手に取ってみました。これはかなり面白かったですね。具体的なネタバレはしない形で語っていきますが、構成などには触れるため、まずはなにも予断なく読んでみた方がいいと思います。

 面白いのでとりあえず手に取ってほしいですねーーオワリ。

 

 

 

 

 この作品は、分析部と称して日常のちょっとした出来事に対して“分析”を行う赤村崎葵子とそれに付き合わされる加茂十希男という高校生コンビを中心としたいわゆる日常の謎ミステリなのですが、その事件に対する推理――“分析”が何とも言えないあやふや感をかもしだしているのです。というか、タイトル通り、赤村崎葵子が行う“分析”をはじめとし、この物語におけるいわゆる推理は、その真実性に大きなグラデーションがある。まず、葵子の推理は、ほぼほぼ真実にかすらない。

 最初の話、十希男の靴箱にラブレターらしきものが紛れ込んでいた事件からして、正直「探偵」という役割すらこなせていない葵子の推理というか分析は、すぐに想定される説を長々と遠回りしたにすぎず、続く第二話、第三話でもトンデモ方向に突き進んだ分析を披露し、それはタイトル通りの“デタラメ”ぶり。

 その一方で、十希男はチャットで「ヴィルヘルム」なる人物から各事件の「真相」を解説してもらいます。では、そこでの推理が事件の完全解答なのか、というと最後に付け加えられた、キャラクターが出てくるあとがき風Q&Aによって更なる解説が加えられ、一部は更新され、さらにはヴィルヘルムがとらえきれなかった側面が浮かび上がってきたりする――三重底とも言っていい構成となっています。

 十希男の前でデタラメを並べ立てる葵子も、ただの分析好きの道化なのかと思いきや、真実の一端を捉えつつ道化を演じているような側面を見せたりして一筋縄ではいきません。自身をテルと名乗り、「ヴィルヘルムがささやいている」とときおり独り言を漏らす彼女はどこまで真実を見抜いているのか。どの“分析”も名探偵のそれとは異なり、すべてを説明しつくすのではなく、それぞれの拠っているところからの分析は、情報の偏りなどもあり見えない個所もある。よって最終的な形を浮かび上がらせるのはそれらを俯瞰できる「読者」というわけです。しかし、それも果たして十全なのかという問題は残る。

 そんなわけで、推理というものの多面性やグラデーションについて意識させる物語の組み立て方や登場人物たちの役割など、とても面白いものがありました。個人的には第二話が結構好きですね。事件の真相だけではなく、テルのデタラメみたいな行動の裏に隠されていた彼女の思い(しかし、これは最後で疑問符がつく)。テルの思いをそのように分析した“彼女”の思い。それが最終話に繋がってきていて、上手いなあと思わされました。

 三話も面白くて、犯人の条件を示したうえで特定をぼかして終るのですが、その犯人の条件はよくよく読み返しても見当たらず、最後のQ&Aで判明する犯人について、事件の流れは解明できていても、結局は犯人を外していたことが分かります。この事件は単独で起こっているのですが、テルをはじめラブレター事件にとらわれすぎていて、一連の流れであるとバイアスがかかっていることで、犯人が財布を盗んだ理由*1をラブレター事件と関連付けてしまい、肝心な犯人が間違ったままというのは面白いです。

 テルと三雫の大切な人の存在がちょっと唐突っぽかったり、主人公のポリシーと彼の本質についても同様だったり、最終話で急性にまとめたようなきらいもありますが、全体的にはかなりよくできた日常の謎を“分析”するミステリだったと思います。著者には創元あたりで再び青春ミステリを書いてほしいです。その辺、編集者さんに期待したい。

*1:(Q&Aで明かされる理由はかなりしょうもないが、財布についての証言が実のところ犯人特定の“秘密の暴露”であったところが見事)。※ネタバレで白くしてます。