蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

再演による目撃性が物語を刻みつける:梓崎優『狼少年ABC』

狼少年ABC (ミステリ・フロンティア)

 

『叫びと祈り』『リバーサイドチルドレン』の二作で、本格ファンにインパクトを刻みながら、その後十年以上沈黙していた著者の久々の作品集。

 ファンの期待感がすごい中の刊行でしたが、なかなかどれも求められている感じのエモーショナルミステリという感じで、ファンは渇をいやしたのではないかと。ミステリの濃度自体は『叫びと祈り』に比べると薄目かもしれないが、どれも抒情的で印象的な作品に仕上がっている。それでは以下、各短編の感想。

 

「美しい雪の物語」

 アメリカ——ハワイ。父の親戚の家を訪れた少女はそこで一冊の手記を見つける。そこには、かつてここで生活していた青年と彼が出会った女性との交流が描かれていた。しかし、彼らはやがて起こった戦争で離れ離れになってしまう。彼らの顛末が気になる少女は現地で出会った少年と二人でなんとか手記の二人の安否を確認しようとするのだが……。

 美しくゆったりとした南国で語られる男女の物語に忍び寄る戦争の影。そして世代を経て再び少年と少女の物語が過去の二人を照射する。その構成がなかなか見事。真相自体は、まあ、知識問みたいなところはあるかもだが、過去と現在の認識のズレが、アメリカという国の特質とも重なって、明らかになる描き方はなかなか上手い。

「重力と飛翔」

 これはまた美しくも切ないというか、著者ならではの抒情的な要素が極まった一作。たぶん、一番人気がありそう。クラスメイトの葬式に向かう冒頭から始まるのだが、友人とか恋人とかでもなく、ただ隣の席だったという関係性というのが目の付け所が違うというか、著者の非凡性を感じる。そこで個人の姉から見せられた不思議な写真——墜死した彼の足跡しかない雪の校舎という幻想的なイメージと謎。そして、創作についての影をはさみつつ、真実が明らかになったとき、主人公が死んだ彼とのつながりを再定義する瞬間は、何とも言えない切なさに思わず涙がにじむ。特に最後の一文が秀逸。この物語の始まりである、なんて事のない言葉に物語が宿る、そんな瞬間が本当に素晴らしい。最後の一文の演出としては、「美しき~」にもあり、そっちは少し技巧的な印象もあったが、本作はすっと心にしみる見事なものとなっているように感じた。

 ふいに断ち切られたものに、ありえたかもしれないものと、でも確かにそこにあったものを想う——「スプリング・ハズ・カム」に並ぶ著者の新たな代表短編と言えるだろう。ほんと小説が上手い。

 そういえばミステリとしてはちょっと天城一の有名短編っぽい感じがある。タイトルはヴェイユの『重力と恩寵』っぽくて個人的になんか好きな感じである。

「狼少年ABC」

 狼を見るためにカナダの温帯雨林にやってきた大学生三人。狼を待つうちに、その一人がふともらす――俺、狼にあったことがあるんだよ。彼が出会った喋る狼という存在。記憶の底に眠るそれはなにを意味するのか。会話を続ける三人は、やがて彼が見た狼の真実を明らかにするのだった。

 三人の大学生の、大学における目的意識の温度差などから、その将来へのスタンスの違いを描きつつ、それでも彼らの中にある友情を描く物語として、なかなか好い。個人的にミステリ的なプロセスを一番感じる短編でもあり、そのプロセスでだいたいどんな解決の方向かは分かるものの、再び記憶の奥が開かれ、狼の正体が明らかになる瞬間は、やはり著者の上手さを感じさせる。

「スプリング・ハズ・カム」

 同窓会で再会した級友たちの中で話題に上ったかつての事件――それは卒業式の日に起きた放送室ジャック。主人公は当事の放送委員の一人であり、再会した他の放送委員たちとともに、あのとき何が起きたのか、犯人は誰だったのかを推理していく。

 同窓会……アンソロジーで読んだ当時まだ先だと思っていたそれに、結局参加できなかった人間にとって、なにかをかすかに抉ってくる気がするが、そんなことよりも、みんな大人になったなあ、という感慨を素直に表明している主人公たちを見つつ、明らかに「大人になり損ねた」私は、登場人物たちの過去、現在、どちらにも取り残された心地がして、よけい何かが抉られてしまうのだった。

 そんな事まったく気にしなかった――そんな全能感がなせた真相だったからこそ、よけい喪失のあっけなさが際立つ。ミステリとしては禁じ手ともいえる手法がぶっこまれているにもかかわらず、それによってどうしようもないくらい取り残されてしまった過去が姿を現す瞬間は、再読しても変わらず鮮烈。

 

 以上全四編。どれも印象的な抒情性をまとった作品だが、著者は真相を明かす過程で、過去に起きたその決定的な瞬間を読者の中で再現させるのがホント巧いと思った。書き手が詳しくその瞬間を説明的に描写するというのではなく、読者が事件の核心を自らのなかで再演するのを手助けするような筆致。これが著者はマジで上手い。それによって、読者自らがその瞬間に立ち会ったという物語への能動的な手触り――それこそが、著者が描き出す抒情性の核心なのではないか、そんなことを読了してから思うのだった。