蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

いつかそれは再生する:映画『ゴジラ-1.0』感想

※ネタバレ前提な感じなので、そのつもりで

 

 

 

 

 文化の日ということで映画に行く。

 というわけで70周年記念作という『ゴジラ-1.0』を観に行った。監督は山崎貴。一部の映画ファン(特にマニア方面)からは結構敵視されてたりするし、自分も「三丁目の夕日」はそんな好きなわけじゃないし、「ヤマト」もまあ、いいんじゃないの? くらいの感じだけど、『ジュブナイル』や『アルキメデスの大戦』あたりはわりと好きだ。

 ゴジラという映画についても、私はそこまで思い入れがあるわけじゃない。むしろガメラとかの方に思い入れがあるくらいだったりする。

 初めて観たゴジラは父親と観た『ゴジラvsキングギドラ』(1991)で、銀色の首を持つメカキングギドラ(厳密にはサイボーグな感じだが)はカッコいいと感じたものの、映画自体はふーん、みたいな感想で、以降そこまでゴジラに関心を持つことはなかった。とはいえ、アニメや特撮というサブカル方面をあさっていると避けることができない存在でもあり、めっちゃファンいるらしいし、それなりに面白いんだろうということで平成の名作と言われているやつをいくつか見てみたが、これが名作だとツラいな……という気分だった。そこで気を取り直して、いちばん最初の『ゴジラ』(1954)を観たら、これは確かにシリーズ化されるのは分かる、とかなり面白かったのが自分のゴジラ体験というか、ゴジラを面白いと感じるきっかけだった。

 そんな自分のゴジラベストは『ゴジラ』(1954)『ゴジラ対ヘドラ』(1971)『メカゴジラの逆襲』(1975)となる。で、今回観た「-0.1」はというと、結果としてかなり良くて、初代の次くらいには良いんじゃないのかな、みたいな気分で映画館を後にした。

 最近だとシン・ゴジラにもハリウッドのモンスターバースにも、なんか入りきれないものを感じたし、今回もどうなんかね、みたいな感じで臨んだわけだったが、映画館出るときにはかなり顔面ボロボロになっていた(半分は年のせいだとは思うが)。まあ、別に泣けるから良い映画ということはないだろうし、この映画のドラマ部分はベタすぎるところはある。とはいえ、戦争にとらわれた人間やもう一度戦争の化身めいたゴジラを仰ぎ見る人々の視点を一貫して描き、徹底してその地べたにいる小さな人間の視点で物語を語るその語り口は、自分にとって好みドンピシャだったのは確かだ。自分の好きだった初代『ゴジラ』のそれに近いものがようやく観れた気がした。

 そしてなにより、ゴジラがめちゃくちゃ怖い。やはり人間視点が多いせいか化物に狙われている感が半端なく、歩くだけで脅威ということが映像に刻み付けられている。大きさは初代と同サイズらしいのだが、なんかめちゃ大きく感じる。ハリウッドゴジラやシンゴジよりもなんか大きい感じがするくらいだった。そして、おなじみの放射熱線だが、これがすごくて、ギャレゴジのギミックの発展バージョンみたいな感じなのだが、背びれが青く発光しながら、撃鉄(おそらく制御棒的なイメージも重ねられている)のように跳ね上がり、そして放たれる熱戦の威力はキノコ雲が発生するヤバさ。地上を爆風が二度薙ぎ、黒い雨が降るそれはまさに核爆発――いささかマイルドではあるが、監督は東京に核の風景を現出させる。この作品のゴジラの青い発光はかなり怖いし、背びれは禍々しい。

 ゴジラは完全に恐怖の対象で、戦争の再来でもある。主人公で元特攻隊員の敷島をはじめ、この映画に出てくる男たちはゴジラを前に、自分たちの戦争を終わらせ切れていないことに気がついていく。そして、それにケリをつけるためのようにしてゴジラへと挑んでいく。

 敷島は特にそうで、もう一つの「戦争」としてのゴジラと対峙する中で、完全にかつての「戦争」に取り込まれていく。それを再び特攻で終わらせようとするところを、かつての国家が付けなかった脱出装置によって、ゴジラとの戦いを、そして彼の戦争を生きて終わらせる構成はなかなかうまいと思った。なんだかんだで「特攻」を許してしまった初代へのカウンターにもなっていると思う。

 また、今回はこれまでと比べてけっこう海戦に気合が入っていて、まあ、予算的なものもあるんだろうけど、それでも対象物とか、壊すものが特にない難しい海戦をかなり良い感じに描けていたと思う。ゴジラへの最終攻勢もフロンガスで海に沈めて引き上げるだけというシンプル極まりない作戦なんだけど、それを手に汗握る形に演出して見せるのはなかなか凄かった。ゴジラにフロンのガスタンクを結び付けるために駆逐艦がギリギリで交差するところとか、応援が来て引き上げるところとか、そのあたりが一番なんか泣いてた気がする。そして、最後の熱戦が放たれようとするところとか。

 あと、作戦に臨む人たちの顔がきっちり描かれるというか、それぞれの役割を持って臨む人たちの姿がきっちり描写されていたのも良かった。銀座の破壊クラスの地上戦もできればもう少し欲しかった気はするけど、そこはまあ、ないものねだりだろう。

 民間人の視点を徹底する本作は明確に反戦や反政府(反大日本帝国)を作品に刻んでいて(反核は薄いけど)、その辺も初代に寄った感じがして個人的な好きなポイントでもある。なんか最近、反戦を叫ぶこと自体に難癖がつくクソみたいな国の空気の中で、ちゃんと反戦・反大日本帝国メッセージを込めることは全然悪くないことだと思うよ。

 怪獣がそこにいるとき、その足元には人がいる。それが踏み出した足の下にも人はいて、尾が跳ね飛ばす建物の落下地点にも人がいる。そして、それに立ち向かう人が乗る船や戦艦、戦闘機にも人がいる。かつて大日本帝国という滑稽なほど大仰な名前をしたこの国は、それを忘れた。戦争に一人ひとりが押しつぶされていくことを忘れ、命を国家の薪にして、最後の最後にはこれだけ薪にくべれば勝てるなどとバカを宣った。想像にお任せするのではなく、きっちり被害に遭う人々を見せること、立ち向かう人々を見せること、それ自体がある意味反戦でもあるのだ。そして、最後のシーンは別に続編的なものとか、初代に繋げるものというよりは、戦争が終わり、名前が変わったこの国にもいつかそれが――戦争が再生するのではないかという危惧であり、監督の強烈なメッセージなのではないか。あれが本当にただ一回限りか――あの動き出す肉片に込められたものは、今のこの国に対するものすごい重たいものがあるのではないかと思ったりした。

 役者の演技がなんかちょっととか、 ところどころキャラくさい大仰なセリフとか、ドラマパートで気になるところはまあまああるけど、「ゴジラシリーズ」というくくりで考えれば断然いい方じゃないかしら。言葉で感情を説明しているというのも(そもそもそれって、そんなに悪いことか? 批評シーンで妙に教条化されていて脳死ワードな感じもしはじめている)、ヘンな英語交えて喋るキャラとか一回じゃわからないようなセリフをまくしたてるとかよりも個人的には全然いいと思うが。

 そんなわけで、ここ最近の怪獣映画だと『トロール』最高、みたいな感じでしたが、それ以上の満足感がある怪獣映画が邦画に現れてくれてうれしい――そんな映画でした。