恐怖の報酬に感動したということもあり、今回もフリードキンの映画である。この映画は観てなかったので、ちょうどいい機会だとばかりに観てみた。これまた傑作というか、良い映画じゃないですか。もうなんというか最高にかっこいい映画ですよ。ナイフアクションというか、昨今の映画があまり描かなくなった(アトミックブロンドとかありましたけど)、痛みをともなった命のやり取りにハラハラするアクションというやつが存分に味わえるのです。
全体的に寒々とした画作りもすごく良くて、雪や滝、そして水、さらに下水地下や森といった要素が常に緊張感のある画面を作り出していて、また常に曇天気味の空が、追われる者の押し殺したような雰囲気を強調します。いつものフリードキン映画の、セリフは極力削りつつ、画面で語る的な映画作法がみなぎった映画と言えましょう。
最初のボブディランの追憶のハイウェイ61の引用の後は、ほんとにしばらくセリフがありません。そして、そこにあるのは虐殺の風景を押し殺したように見つつ、敵兵の眼をかいくぐり、暗殺を行う一人の男の姿。コソボで行われた虐殺の風景が男の魂をそこに釘づけにする。魂を虐殺の現場に置き去りにした兵士ハラムは帰国後、森の中でハンターと化す。――人間を狩るハンターに。
そして人間を狩るようになったケモノを狩るために男が呼び出される。それが、トミー・リー・ジョーンズ演じるL.T。軍を除隊してカナダで動物保護官をしている彼は、かつてハラムにトラッキング(追跡術)とナイフによる殺人術を教え込んだ上官であった。常人とは違う世界を生きるその師弟による、追う者と追われる者の戦いが、フリードキン流の抒情を排したソリッドなカメラで追いかけられていく、そんな映画となっています。
L.Tとハラムはある種の同族なのですが、L.Tは彼の父が将軍であり、兄の戦死を受けてL.Tを戦場に行かせなかった。つまり、ハラムとは戦争に行ったL.Tというわけで、その自らの鏡像ともいえる男をL.Tは追うこととなります。
今回もというか、常人とは違う世界の住人である二人のうち、また別の世界に踏み越えていってしまった人間という、なんともいえない入れ子のような様相になっていて、相変わらずフリードキンは登場人物に感情移入させる気ゼロでめちゃくちゃ清清しいです。ハラムの別れた妻や子供とかが出てくるんですが、それは結局、ハラムと彼女たちの重なり合わないレイヤーを強調するのみ。
それにしても、トラウマを抱えた帰還兵が殺人鬼化するって2003年にもなってランボーみたいな話とか、しかもイラク戦争に当て込んだようともとられかねないのに、ほんとまあ、よくやります(公開時期と重なっただけで偶々ではありますが)。もちろん、そこにある政治性だとか、現実の問題とかにフリードキンはこれっぽっちも興味ないことは、観ればわかります。もともと我々と違う側にいる人間たちの、さらに踏み越えた者と取り残された者。画面に映されるのは、ひたすらそんな二人の「狩り」なのです。
そしてこの映画の「狩り」におけるもう一人の主人公がナイフです。ある意味、映画の主軸といっていいのがこのナイフによるアクション。そのナイフによる戦いが、ものすごい緊張感をはらんだものとなっています。刃物というものは、銃と違って独特の緊張感を持つ。そしてナイフは殺す主体を銃のように切り離すことができない(投擲というのも当然あるのだが、この映画はナイフの投擲で人を殺さない)。切りつけ、突き刺し、その血を浴びながら生を死に変える。ナイフを交えるごとに、その生と死が揺れ動く、そこがすごくハラハラするんですね。
彼らは最後まで銃を使わない。彼らは失ったナイフを自作までしてあくまでナイフで戦う。L.Tは石でハラムは廃材の鉄で。ナイフを自作するシーンはどこか呪術めいていて、この戦いが、どこか儀式的な雰囲気をかもしだしています。そして石と鉄というのがなんとなく自然に身を置いた者と戦争に行った者との違いを示しているようにも思えるのです。
L.Tはハラムを一度は逮捕に導くが、結局、踏み越えた者、魂をそこに置いてきた者を連れ戻すことはできない。冒頭のディランの歌にあるイサクの話のように、L.Tは自分の弟子であり、息子のようなハラムを殺すしかない。そこには神話のように止める天使は現れない。帰ってこれなくなった男を連れ戻すすべはないのだ。
この映画はそんな師弟関係をベタベタ言葉や情緒で掘り下げたりはしません。しかし、それでも断片的な映像でハラムがL.Tを師として、父のように、L.Tがハラムを弟子として、息子のように、それぞれ思っていることが分かるはずです。そして自然が彼らの心を代弁する。孤独な狼、鳥、垂れ込める鈍色の雲、そして滝の慟哭のような鳴動。L.Tの最後のハラムへのしぐさ、それはアップにもならないさりげないものだが、だからこそ観る者に刻まれるのです。
魂を置いてきたまま行った者は帰ってこない。魂を失った狩人は、その狩人にしたものに手によって自然に還る。生き残った者も人々のなかに帰ることはなく、雄大な自然がただ、二人を見つめる。
この映画は、観てて楽しいとか、人間たちのドラマに感動するとか、かっこいいアクションに興奮するとかそういうものは特にないです。しかし、95分というタイトにまとめた中にみなぎる映画の緊張感。それは劇中の二人にも似て、作り手と鑑賞者でつくる静謐な映画の時間。やはりこの監督は70年代のあの映画の空気を2000年代になっても持ち続けているんだな、と。それが私には、なんとなくうれしいのです。