蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

そのわけは天の上に:映画『明日、君がいない』

 ツイッターの相互フォロワーである青さん@8823_blue が、御自身のブログ『偽物の映画館』で紹介されていた映画に興味を持ち、観てみました。

 映画のタイトルは『明日、きみがいない』(原題は『2:37』)。監督は ムラーリ・K・タルリ。

青さんの紹介記事はこちら。

reza8823.hatenablog.com

 映画自体はとても良かったのですが、とあるシーンがかなりキツくて、文字通り刻み込まれるような映画体験になりました。気軽に観ていいものではなかった……しかし、それでも自分の一部になるような映画でした。

 映画と出会う機会をくれた青さんに感謝。

 

※今回はネタバレ前提で語っているのでそのつもりで。

 

 

 

 

 

  六人の学生がいる。彼らはそれぞれ違った場所で、脚光を浴びる者や差別される者、悲しみや鬱屈を抱えた者として、映画を観る者の前に現れる。

 そして、巻き起こるひとりの死。誰が死んだかは示されないまま、時間はその冒頭に死に至るまでさかのぼり、六人の学生たちの姿をつぶさに見せてゆく。それがこの映画の主旨だ。

 ある種の群像劇というか、ある場面のその時、他の人物がどう動いていたかなどがカットバックで描かれてゆく。邦画の「桐島」と似たようなテイストではある。しかし、描かれている学生たちの境遇は、「桐島」以上にハードだ。

 学校という中である程度はっきりと役割が見えているような彼らだが、次第に彼らが隠しているものや、心の奥にある深刻な思いがあぶり出されてゆく。

 それがもう、ひたすら陰鬱というか、どんどん息がつまってゆく。そこにはイケメンがオタクが陰キャ陽キャが、などという領域でそれぞれへの共感云々という要素は微塵もない。登場人物の持つものは圧倒的に彼ら自身のものだ。みんな辛い。ひたすら辛い。

 この映画は、先に述べた通り、六人の登場人物を提示し、冒頭の一人の死が伏せられたまま、その死に向かって時間が巻き戻る形で構成されている。ある意味、死者探しのミステリというふうに見ることもできるし、最後に示される死者はミステリ的な意外性を持っているとはいえる。だが、それはこの映画の主眼というわけではないだろう。

 六人の学生たちの苦悩が明らかになっていく中で、観る側は自殺の動機というものを、次々と浮かび上がる人物たちの、その苦悩を当てはめてゆく。これこそが自殺の理由なのではないか――観る側は、新しい苦悩が明らかになるたびに、死の理由をそれではないかと予想していく。

 しかし、最後に明らかになる自殺者は、これまでその六人の周辺にいつつも、特に姿を映されることもなく、語られることも無かった人物なのだ。ケリーという学生は、最後までその死の理由が提示されない。時系列が元に戻る直前――最後の最後で執拗に映されるその死の瞬間によって、ケリーという存在が鋭利なナイフのように、暴力的なまでに観る者に刻まれる。しかし、彼女の自殺に至る理由は空白のままなのだ。

 誰かの死について、私たちは常に理由を求める。特に当事者ではない場合は、たぶん失恋だろうとか、借金があったならそうかのかもな、みたいな理解で、その死をやり過ごす。もっともらしい理由を当てはめようとする。この映画の六人が抱えていた深刻な悩みなど、そういう恰好の理由だ。

 しかし、そのように観る者へ、この映画は平手打ちを食らわせる。映画のように、人の内面や状況をつぶさに見ることはできない。いつだって気がつくのは起こってからだ。そして、残るのはその人がもういないという厳然たる事実なのだ。

 ただ、具体的な理由は明かされないにせよ、六人の周りにいたケリーは、そのどこか透明な姿だけは映されている。そして他の六人とは違い、彼女は圧倒的に世界から切り離されている。苦悩する学生たちには圧倒的な暴力であれ、その苦悩の外部が描かれ、良くも悪くも「繋がって」はいる。しかし、彼女は他者へ関わろうとする意志を持ちつつも、常に空白の場所にいる。どこか透明ともいえる孤独感だけが画面からにじむ。

 そして、その自殺シーンはあまりにも壮絶で、不意にやってくる無言の他者の死というものを、心に刻み付ける。彼女だけじゃない、その刃は間違いなく、私をえぐっていた。

 最後に、冒頭の木々の青葉を見上げている視線、そして空への視線が彼女のものだとわかる。彼女が何を見ていたのか、何を望んでいたのかは誰にも分からない。それはもう、向こう側へといってしまったのだ。

 

 個人的なことだが、私は血がドバドバ出たり、人体破壊したりする描写を見せられることについて、もちろん好んでいるわけではないが、そこまで苦手ではない。しかし、手首を切るという行為だけは、昔から直視できないし、そういうのが脳内で認識されるだけで手首を不自然に曲げてわきに挟んだりして、衝動が過ぎるのを待つ。今回の映画では、そのシーンではほとんど目を逸らしていたし、血が飛び出るのが視界の端に入った時には、声を上げてうめいていた。なので、必要以上にこの映画に私は抉られているのかもしれない。ケリーの自殺シーンとは別に、かなりエグイレイプシーンもあるため、かなり心が削られる映画であった。

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