蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

アレンジの巧さが光る:映画『ヒルコ/妖怪ハンター』

 本作は、諸星大二郎の人気作の一つで、稗田礼次郎を狂言回しにした連作シリーズ、妖怪ハンターの「黒い探究者」「赤い唇」を下敷きにした映画化作品だ。

 主演は沢田研二。監督はサイバーパンクで暴力と愛を世界にたたきつけた『鉄男』の塚本晋也。この映画はカルト作家であった彼の初のメジャー作である。

 映画は原作の「黒い探究者」をベースに「赤い唇」の月島というキャラクターをくっつけることで、怪異のインパクトとキャラクターのインパクトを補完している点が巧い。この映画は全体的にアレンジがめちゃくちゃ巧い。どちらも奇妙な怪異そのものが主眼の短い短編で、そこまで物語性があるわけではないのだが、アクションを増やしつつ稗田の背景や八田少年の少女への思慕を添えて、夏の冒険エンタメ映画に仕上げている。追加された謎解き要素も妖怪ハンターらしくて、原作では隠されていない古墳の探索とその発見もまた“らしい”スケール感でいい。なんだろう、諸星大二郎の原作にある、個人の視点からぐーとカメラが引いて怪異が姿を現す感覚だろうか。

 ローケーションというか、舞台設定も良くて、夜の学校――しかも木造校舎というのがすごくいい。こんな田舎にそんな生徒いないでしょってくらい広くて、そのありえないくらい長い廊下を「鉄男」なカメラワークで駆け回るヒルコの視点映像が妙に怖い。

 ヒルコの造形は、原作というよりは、『遊星からの物体X』におけるロブボッティンのスパイダーヘッドに近い。なんというか、ヤシガニヘッドみたいな造形で原作の棒を組んだような体躯ではない。たぶんこれは動かすためには、原作の姿ではちょっとやりにくかったからだろう。しかし、その分頭というか、顔が強調されて生物的にカサカサ「動く」顔が気持ち悪さと恐怖感を盛り上げている。

 ある意味この映画は「顔」の映画でもある。というか、顔をいかに撮るかが、このホラー映画の恐怖感の根源としてある。暗闇のなかでも顔は、見た瞬間は人間に安堵を与える。同じ人間がそこにいるという安堵感。しかし、それが、ありえない場所に浮かんでいるとしたら、あっという間にその顔は恐怖に転化する。壁を這い、宙を舞う青白い顔たちは、この映画の恐怖の核心でもある。

 その中で、妙にハイテンションだったり、ビビってたりで怪異に挑む稗田を演じる沢田研二がなかなかいい演技をしている。沢田研二演じる稗田のキャラ造形は漫画とは異なり、ガラクタを組み上げて妖怪探知機みたいなものを手に怪異に挑む姿や、どもり気味でお釜帽&トランク姿ないでたちなど、金田一耕助ゴーストバスターズなオジサン要素強めの造形だ。沢田研二も『太陽を盗んだ男』とは打って変わったそんな“オジサン”なキャラを好演している。また、沢田だけでなく、稗田とコンビを組む八部まさお役の工藤正貴やヒロインの月島令子を演じた上野めぐみといった少年少女たちも、好い存在感を出している。

 この映画は、恐怖映画ではあるが、切ない青春的な空気感を持っていたり、スペクタクルやアクション、殺虫剤片手に暴れ回る沢田研のコミカルな要素も盛り盛りで、エンタメ的にも、とても面白い作品だ。また先に述べたように、切れ味勝負な短編マンガを、いかにして映画としてアレンジし、映画として物語るのか、という部分でも非常に優れたものがあると思う。特に最後の「顔」の部分は、映像的に少し上手くいっていない部分はありつつも、原作にないが非常に“諸星な”テイストで物語にスケール感と開放感を与えるいいアレンジではないだろうか。

 とにかく、諸星ファンでなくても一度は観てほしい映画だ。