蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

 創元ライブラリの中井英夫全集[6]『ケンタウロスの嘆き』をペラペラ見ている。「ケンタウロスの嘆き」に収録されている作家・作品論や書評は何度読んでも素晴らしいのだが、「黒鳥の旅もしくは幻想庭園」に収められている、『日本人の貌「非国民の思想」』に抜粋された戦後直後の日記に目を通して、それが思わずこちらをぶん殴ってくるような内容だったことに今さらながらにたじろいだというか、鋭いものを突き付けられた気分になった。

己の一番嫌悪し、もっとも憎むのは、この枯っ葉みたいにへらへらし、火をつければすぐかあっとなる、日本帝国臣民という奴だ。この臣民をそのまま人民と名をおきかえて、明日の日本に通用させようとするのは、今日もっとも危険なことだ。それは翼賛議員が看板を塗り替えたぐらいのことではない。このくすぶれる暗黒の大地からは、何度だって芽が出てくる。狂信的な愛国主義者、国家主義者、軍国主義者、そいつらの下肥がかったこの汚れたる大地をまず耕せ。でなければ明日の日本に花開き栄えるものは、単に軍国主義の変種にすぎないであろう。

 ……なんというか、軍国主義の変種へとひた走らんとする昨今の情勢は、中井が見ていた未来へつまらないくらい順当に進んでいるとみていいのだろう。なんで付けたかも忘れた薄っぺらな看板「人民」に自ら嫌悪感を抱き始めているこっけいな有様は、なかなかわらけてくるが、いよいよその薄っぺらな狂信性としての本性がめくれてくるかと思うとこわい。

 なんだかんだの変わらなさを70年近く経済成長という奴でひたかくしていた厚かましさはなかなかのものだったのか知らんが、さすがに隠す余裕もなくなって、いつ発狂したようになっていくのか、中井のかつての言葉が“今”を色濃くおびていくことに、ただただ、暗澹としている。