Introduction
評論家アントニー・バウチャーが手掛けたカーに捧げる一作。その文庫が最近、扶桑社から出た。
この作品は、エドワード・D・ホックがアメリカ、イギリス、スウェーデンの作家、編集者、批評家、ファンの計十七名からの好みの密室物と不可能犯罪のアンケートを取って、そのリストの九位にランクインしていることで知られている(エドワード・D・ホック編『密室大集合』収録)。
一応、ベストテンの内訳も書いておくと、
1『三つの棺』ジョン・ディクスン・カー
2『魔の淵』ヘイク・タルボット
3『黄色い部屋の秘密』ガストン・ルルー
4『曲がった蝶番』ジョン・ディクスン・カー
5『ユダの窓』カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)
6『ビッグ・ボウの殺人』イズレイル・ザングウィル
7『帽子から飛び出した死』クレイトン・ロースン
8『チャイナ・オレンジの謎』エラリー・クイーン
9 本書
10『孔雀の羽』カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)
次点の十四位までは以下
11『帝王死す』エラリー・クイーン
12『暗い鏡の中に』ヘレン・マクロイ
13『爬虫類館の殺人』カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)
14『魔術師が多すぎる』ランドル・ギャレット
14『見えないグリーン』ジョン・スラデック
とにかく、カーが強すぎる。さすが密室・不可能犯罪の帝王。
感想
名だたる名作群の中で九位にランクインしているわけで、リストを見たら期待しかないだろう。しかし、そこそこミステリファンをやっていて、それ以外の作品たちほど、特に評判を聞いたことがないことも確かなわけで、正直そこまで期待というよりは、未読リストを埋めるような感覚で読んだ。そもそも著者のH.H.ホームズことアントニー・バウチャーは作家というよりも批評家として有名なので、そういう意味でも過度な期待はせずに読むのがいいと思う。
一読して、まあ確かに、カーへのオマージュな作品ではある。あんま期待はしてなかったけど、トリックそのものは、チェスタトンとかに既視感はあるにせよ手品味があって、なかなか面白い。ただ、物語についてはカーに書いてもらった方がよかったのではないか……みたいに感じてしまうくらいキツかった。
新興宗教の批判的研究者が部屋でその教祖に襲われているのが目撃され、目撃者たちが部屋を破ると、そこには殺された研究者しか残されていなかった、という謎や道具立てこそは魅力的なのだが、正直、面白みは薄く、まあ、古典好きとか密室コレクターとか向けのような気はした。
犯人の造形やそれとの新興宗教との絡みとか、狙い自体は悪くないと思うのだけど……お話やキャラクターに盛り上がりや魅力がほとんど感じられなくて、砂をかむような読書というか、死んだ目というか、もしくは途中でイライラして奇声あげることもなくはなかったというか……。まあ、自分はそんな読書だった。
とはいえ、なんだかんだ黄色い衣をまとった人物の絵的な印象だったり、「手袋と手」をめぐる手がかりだったり(この手掛かりは結構上手い)何かしら引っかかる部分はあったし、密室物の歴史の香気を感じる分には堪能したと思う。
あと、本書の後ろには都筑道夫と江戸川乱歩の解説があり、こっちのダブル解説の方も読みどころとなっている。ていうか、都筑道夫、私より容赦ないな……ボコボコというか、要するに才能がない、みたいなド直球の迫力がすごくて、後半のフォローがフォローになっていない。
そういえば、新訳版も同時期に出ている。